研究者のための研究発信ガイド⑩届けるのではなく、届く状態を作る
- 10 分前
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本シリーズは、良い研究であっても、論文を公開しただけで自然に読まれるとは限らないことから始まりました。
その後、研究者プロフィール、学会発表、グラフィカルアブストラクト、オンラインでの発信、プレスリリース、引用、そして研究成果を機械が扱うための情報まで、さまざまなテーマを取り上げてきました。
一見すると、それぞれ別の研究発信の方法に見えます。
しかし、シリーズを通して扱ってきたことには共通点があります。
それは、研究成果と、それを必要とする人との間にある経路を作ることです。
研究発信は、できるだけ多くの人に知らせることだけを意味するものではありません。研究を必要とする人が見つけ、自分に関係する研究かを判断し、原典へ進み、必要なら利用できる状態を作ることも含まれます。
最終回では、この観点から研究発信全体を振り返ります。
研究成果には、いくつもの入口がある
研究成果を知る経路はひとつではありません。
ある研究者は、学会発表を聞いて研究を知るかもしれません。その場合、発表者の説明や質疑応答を通じて、研究の背景や位置付けまで含めて知ることができます。
別の研究者は、文献検索の結果に表示されたタイトルだけを最初に見るかもしれません。その段階で分かるのは限られた情報ですが、タイトルや要旨から自分の研究との関係を判断し、本文へ進みます。
SNSの投稿、研究者プロフィール、プレスリリース、グラフィカルアブストラクト、検索システムやAIが入口になる場合もあります。
しかも、同じ研究成果でも、入口によって最初に受け取る情報量や文脈が違います。
だからこそ、それぞれの場ですべてを説明しようとするのではなく、その入口で何を伝えるかを選ぶ必要があります。
同時に、どの入口から知った人も、その後に原典へ進めるようにしておく必要があります。
そして、すべての入口を使う必要もありません。どの入口を作ることが有効なのかは、研究の内容や分野、届けたい相手によって変わります。
短く伝えることと、研究を変えることは違う
研究発信では、論文全文をそのまま伝えることはできません。
タイトルや要旨には文字数があります。SNSではさらに短くなります。学会発表では限られた時間の中で話します。グラフィカルアブストラクトでは研究内容を一枚の図にまとめ、プレスリリースでは専門外の読者にも分かる言葉へ置き換えます。
このシリーズで扱ってきたのは、媒体ごとのテクニックだけではありません。限られた情報量の中でも、研究内容を正確に保つにはどうすればよいかという問題でもありました。
情報を減らすことと、研究の意味を変えることは違います。
研究で「関連が見られた」としか言えないものを、因果関係が確認されたように伝えない。特定の集団を対象にした結果を、すべての人に当てはまるように広げない。研究で確認していない応用まで断定しない。図を分かりやすくするために、実際の研究とは異なる関係を描かない。注目されるために、研究内容とは関係の薄い言葉を加えない。
こうした境界は、発信する場所が変わっても共通しています。
研究成果を短く伝えるほど、「何を残し、何を省いたか」に注意が必要になります。
研究発信で求められる分かりやすさは、研究内容を単純にすることではありません。限られた情報の中でも、研究で分かったことと、そこからは言えないことの境界を保つことです。
どの入口から知っても、原典へ戻れるようにする
研究を知った場所と、研究内容を確認する場所は同じとは限りません。
学会発表で興味を持った研究者が、発表後に論文を探すことがあります。
SNSで研究を知った人が、投稿に示されたDOIから原論文へ進むこともあります。
プレスリリースを読んだ人が、紹介された研究の対象や方法を原論文で確認する場合もあります。
プレプリントを読んだ研究者が、後から正式な出版版を探すこともあります。論文から研究データやコードへ進む場合もあれば、AIを使った検索や要約から元の論文へたどる場合もあります。
研究発信には、研究を知るための入口だけでなく、そこから原典へ戻る経路が必要です。
研究者プロフィールも、この経路のひとつです。
研究者プロフィールについて取り上げた際にも、その役割は単なる自己紹介にとどまらないことを見てきました。プロフィールは、論文単位ではなく、研究者という単位から過去の研究成果へたどる入口になります。ORCIDなどの研究者識別子も、研究者と成果を結び付けるための手掛かりになります。
学会発表についても同じです。発表そのものは一度きりでも、その後に論文や研究成果を確認できる道があれば、そこで生まれた関心を次の行動へつなげられます。
引用について取り上げた回では、引用を「研究成果が別の研究の中へ引き継がれたことを示す痕跡の一つ」と書きました。
その引き継ぎが起こるためにも、研究成果を知った人が後から原典へ戻り、内容を確認し、必要であれば正確に利用できる状態が必要です。
研究成果が広く知られるほど、元の研究へ戻れる経路の価値は大きくなります。
発信する側ができること、その先で起こること
研究発信を工夫しても、その後に起こることをすべて決めることはできません。
誰が研究を読むのか。いつ利用されるのか。公開時には想定していなかった別の分野で使われるのか。何回引用されるのか。SNSでどこまで広がるのか。メディアに取り上げられるのか。検索システムやAIがどのように提示するのか。
こうしたことの多くは、発信する側の手を離れたところで決まります。
一方で、発信する側で整えられることもあります。
研究成果の存在を知らせること。何を明らかにした研究なのかを正確に示すこと。その研究を知るための入口を作ること。正式な論文や関連資料へ進めるようにすること。正確な研究情報を残し、後から確認できる状態を保つことです。
引用については、引用しやすくすることと引用を求めることの違いを取り上げました。機械可読性についても、研究成果を機械が扱える形にすることと、AIに選ばれることを目的にするのは別だと考えてきました。
どちらにも共通する境界があります。
研究発信は、反応を操作する仕事ではなく、研究成果を必要とする人が正確にたどり着ける条件を整える仕事です。
発信した後にどのような反応が起こるかは決められなくても、研究成果へたどり着く途中で情報が途切れたり、誤解されたりする可能性を減らすことはできます。
では、自分は何から始めればよいのか
ここまで読むと、「研究発信のために、これを全部やらなければならないのか」と感じるかもしれません。
すべてを一度に行う必要はありません。
すべての研究者に、同じ発信手段が必要なわけでもありません。何を優先するかは、研究を取り巻く状況によって変わります。
まず考えたいのが、分野における慣行です。
プレプリントが広く利用される分野なのか。学会発表が研究交流の大きな割合を占めるのか。国内の実務者や政策担当者など、研究者以外にも成果を届ける必要があるのか。研究者が普段どこで新しい研究を知るのかによって、効果的な入口は変わります。
次に、研究成果の性質があります。
新しい方法や尺度を提案した研究なのか。データセットやコードそのものが重要な成果なのか。社会的関心が高く、専門外の人にも影響する結果なのか。
方法やデータを後続研究で使ってほしいのであれば、SNSでの発信回数を増やすより、データの公開場所や引用方法を整える方が優先される場合があります。
キャリアや現在の状況によっても優先順位は変わります。
着任や異動の直後であれば、研究者プロフィールやORCIDなど、自分と研究成果を結び付ける情報を確認することから始める意味があります。
そして、所属機関の支援体制も確認します。
広報部門、図書館、URA、機関リポジトリの担当者など、研究発信を支援する人がいる場合もあります。利用できる支援によって、研究者自身が担う範囲も変わります。
迷ったときには、まず二つのことを考えてみます。
「この研究を必要としそうな人は、どこで研究を知るだろうか?」
「そこから原典や必要な資料まで、迷わずたどり着けるだろうか?」
そのうえで、このシリーズで扱ってきたテーマの中から、自分の研究にとって今いちばん経路が途切れているところをひとつ選びます。
検索結果を見ても何の研究か分かりにくい → タイトルや要旨を見直す
研究者名を検索しても成果がまとまって出てこない → プロフィールを確認する
学会発表で終わっている → 発表後に論文へ進む経路を作る
オンラインで発信していても原論文へつながっていない → リンクや案内方法を確認する
データや方法を利用してほしい → 公開場所や引用方法を確認する
全部を同時に始める必要はありません。
自分の研究にとって、最初に直したい経路をひとつ見つけるところから始められます。
研究成果を次に渡すために
研究成果を必要とする人が、その論文の公開日に現れるとは限りません。
数日後にSNSから知る人もいれば、数か月後に学会で知る人、数年後に文献検索からたどり着く人もいます。現在とは異なる検索サービスやAIを通じて、後から研究成果が発見されることもあるでしょう。
そのすべてを、発信する側があらかじめ予測することはできません。
だからこそ、研究成果が見つかり、何の研究なのかを判断でき、原典を確認し、必要なら利用できる経路を残します。
すべての研究者が、すべての発信手段を使う必要はありません。自分の研究にとって経路が途切れている場所を見つけ、そこを一つずつつないでいきます。
研究発信は、できるだけ大きな声で研究を宣伝することではありません。必要な人が、必要になったときに研究成果へたどり着ける状態を作ることです。
このシリーズで扱ってきた研究発信は、研究成果を目立たせるための技術ではなく、次に必要とする人へ引き渡せる状態を作るための実践です。すべてを一度に変える必要はありません。まず今日、自分の研究への経路をひとつだけ確認するところから始めてみてください。
研究者のための研究発信ガイド一覧(全10回)
⑩届けるのではなく、届く状態を作る (本記事)


