研究者のための研究発信ガイド⑧引用されるとき、研究の何が使われているのか
- 7 日前
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読まれることと、次の研究に組み込まれることの違い
研究者が論文を知る経路は一つではありません。
検索結果から見つけることもあれば、学会発表や研究者プロフィールからたどり着くこともあります。SNSや学会のメーリングリスト、プレスリリース、共同研究者からの紹介をきっかけに知る場合もあります。
興味を持った論文を保存しておき、自分の研究を進める段階で改めて読むこともあるでしょう。しかし、論文を知り、読んだからといって、すぐに自分の論文の参考文献へ入れるわけではありません。
「この研究は自分が扱っている現象の先行研究になる」「この測定方法を使いたい」「自分の結果と比較する必要がある」といった理由が生じたとき、その論文は引用候補になります。さらに引用する際には、その論文が自分の記述を本当に支えているかを確認し、正確な書誌情報を取得する必要があります。
研究成果が誰かに届いてから、別の研究へ組み込まれるまでには、いくつもの段階があります。
何が、何のために引用されるのか
論文が引用される理由は、「重要な研究だから」だけではありません。
研究者は、自分の研究の中でさまざまな役割を持たせて既存研究を引用します。
ある現象や概念がすでに報告されていることを示す ・研究背景や未解決の課題を説明する
方法、尺度、測定法などの出典を示す
自分の結果と先行研究を比較する
既存の議論を支持する、または異なる結果を示す
データセット、モデル、ソフトウェアなどを利用する
分類法や分析手順を採用する
同じ論文でも、引用される部分は一定ではありません。
ある研究者は主要な結果を引用し、別の研究者は方法を参照するかもしれません。新しい尺度を提案した論文なら、その尺度が後続研究で利用されることがあります。データセットやソフトウェアなど、論文本体とは別の成果が使われる場合もあります。
つまり引用は、単に「この論文を読みました」という印ではありません。既存の研究成果を、別の研究の背景、方法、比較、議論などに組み込む行為です。
研究成果を発信する際にも、「この研究は重要です」と強調するだけでは、他の研究者は自分の研究との関係を判断できません。今回新しく分かったこと、提案した方法、公開したデータなど、研究から何を利用できるのかを具体的に示します。
正確に引用できる状態を作る
研究成果を利用したいと思った研究者が次に必要とするのは、正確な引用情報です。
論文が正式に出版された後は、DOIが付与されている場合にはDOIを使って案内します。著者名、論文タイトル、ジャーナル名、出版年などの書誌情報にも誤りがないか確認します。
引用する側から見ると、ジャーナルの論文ページにBibTeXやRISなど、参考文献管理ソフトへ取り込める形式が用意されていれば、書誌情報を手入力する必要がありません。
発信する側でできるのは、その入口へ確実に案内することです。論文を紹介するときも、独自に書誌情報を書き直すより、正式な論文ページやDOIへ案内する方が、引用する側の手間も誤りも減ります。
プレプリントから出版版へつなぐ
プレプリントを公開した論文が正式に出版された場合は、利用しているプレプリントサーバーで対応可能であれば、出版版のDOIやリンクをレコードへ追加します。
プレプリントを先に読んだ研究者が、後から正式な出版版へ進めるようにしておけば、引用するときにどの版を参照すればよいか判断しやすくなります。
反対に、プレプリントと出版版が別々に存在し、両者の関係が分からなければ、同じ研究成果が別の論文のように見えることがあります。
データやコードも引用できるようにする
論文だけでなく、データセットやコードそのものが後続研究で利用される場合があります。
それらを独立して公開する場合も、利用者が引用方法を判断できるようにします。
データセットにDOIなどの識別子を付与する
推奨する引用方法を示す
コードでは、引用情報を記載するファイル(CITATION.cffなど)をリポジトリに置く
論文からデータやコードへ進めるようにする
データやコードから関連論文を確認できるようにする
新しく提案した尺度、分類、モデル、分析手法などには、一貫した名称を使うことも役立ちます。
同じものを論文中やその後の発表で異なる名前で呼んでいると、後から利用する研究者が同一の成果だと判断しにくくなります。研究成果の名前は、それを次の研究者が探し、説明するときの手掛かりにもなります。
公開後にデータやコードの保存場所が変わった場合も、可能な範囲でリンクを更新します。公開から数年後に論文へたどり着いた研究者も、関連する研究成果を確認できる状態を保ちます。
著者名の表記揺れや同姓同名などによって、引用された論文が研究者本人の業績へ正しく結び付かない場合もあります。ORCIDなどの研究者識別子を利用し、研究成果との対応を保つことも役立ちます。研究者プロフィールの整え方については、本シリーズ第3回「研究者プロフィールは研究成果をどう支えているのか」で取り上げています。
引用する根拠を確認できるようにする
正しい書誌情報があっても、その論文が自分の記述を本当に支えるかどうかは別の問題です。
引用する側が確認したい情報には、次のようなものがあります。
研究対象
サンプル数
実験や調査の条件
使用した尺度、装置、手法 ・分析方法
主要な結果と数値
結果が当てはまる範囲
補足資料や関連データ
タイトルや要旨は、「自分の研究に関係しそうか」を判断する入口になります。実際に論拠として使う段階では、原典の本文を確認し、自分が書こうとしている内容をその論文が本当に支持しているかを見る必要があります。
たとえば、研究で「AとBに関連が見られた」ことしか確認されていない場合、その論文を「AがBを引き起こすことが証明された」という記述の根拠にはできません。
研究の対象や条件についても同じです。特定の年齢層を対象にした研究を、すべての世代に当てはまる結果として引用すれば、元の研究が示した範囲から外れてしまいます。
オープンアクセスで本文へ進めること、機関リポジトリから適切な版を確認できること、補足資料やデータへのリンクが機能していることは、こうした確認を助けます。
オープンアクセスであることと引用数の関係についてはさまざまな研究がありますが、ここで注目したいのは引用数の増減ではありません。引用する研究者が原典を確認し、自分の記述を支える文献として適切かを判断できることです。
引用は時間をかけて現れる
引用は、論文を公開した直後に結果がわかる指標ではありません。
ある研究者が論文を読み、それを踏まえて研究を進めます。その研究を論文にまとめ、投稿し、査読を経て出版されて初めて、引用としてデータに現れます。
そのため、研究成果が実際に利用され始めた時期と、引用数が増える時期にはズレがあります。数年前の論文が、新しい研究テーマの登場によって再び参照されることもあります。公開した当時には想定していなかった別分野で、方法やデータが使われることもあります。
公開直後に反応が少なかったからといって、その研究が後から利用されないとは言えません。
だからこそ、DOI、出版版、データ、コードなどへの経路を公開後も維持する意味があります。研究成果を必要とする人が現れる時期を、発信する側があらかじめ知ることはできません。
引用数から見えること、見えないこと
引用数は同じ条件で増える数字ではない
引用数を見るときには、数字が生まれる条件も考える必要があります。
引用される機会は、
研究分野の規模
その分野で年間に発表される論文数
レビュー論文か一次研究か
公開から経過した時間
研究テーマの広さ
他分野でも利用できる方法やデータを含むか
などによって変わります。
研究者が多く、多数の論文が発表される分野と、少数の研究者で構成される専門分野では、そもそも引用が発生する機会が違います。多くの先行研究をまとめるレビュー論文と、対象を絞った一次研究でも引用のされ方は異なります。
そのため、異なる分野、出版時期、論文種別の引用数をそのまま比べても、研究の質だけを比較したことにはなりません。
一方、研究評価や機関の分析などで引用指標が利用される場面はあります。この現実と、研究発信で何を目指すかは分けて考えます。
評価制度で引用指標が使われていても、「引用数を増やすこと」を研究発信そのものの目標にする必要はありません。
引用されても、数字に現れないことがある
実際に参考文献へ掲載された引用のすべてが、あらゆる引用データベースで同じように記録されるわけでもありません。
引用元や引用先の出版物がデータベースの収録対象になっているか、参考文献の書誌情報を正しく識別できるかなどによって、捕捉される引用は変わります。Web of Science、Scopus、Google Scholarなどは収録範囲や情報の取得方法が異なるため、同じ論文でも表示される引用数が一致しないことがあります。
また、参考文献の書誌情報に誤りがあったり、引用先との対応を正しく認識できなかったりすれば、実際には引用されていても、その論文の引用数として反映されない場合があります。
ここでも、正確な書誌情報が役立ちます。引用する人の作業を助けるだけでなく、引用された後に、その引用が正しい研究成果へ結び付くためにも必要です。
引用されなかった利用
研究成果の利用は、すべて引用データに残るものでもありません。
研究が、
授業や講義で紹介される
臨床現場で参考にされる
行政の政策検討に使われる
企業の研究開発で参照される
学会や研究会で議論される
新しい研究テーマを考えるきっかけになる
といった形で利用されても、論文の引用には現れないことがあります。
論文の引用は、研究成果が利用された形の一つです。研究が社会や実務へ与えた影響のすべてを記録する仕組みではありません。
引用されたからといって、どこまで読まれたかは分からない
逆方向にも注意が必要です。ある論文が引用されているという事実だけから、引用した研究者が本文をどこまで読み、どの程度理解したかまではわかりません。
研究者は、別の論文の参考文献から関連文献を見つけることもあります。レビュー論文で研究の存在を知り、そこから原典へ進むこともあります。
引用するときには原典を確認し、自分の記述をその文献が本当に支えているかを見る必要があります。しかし、引用数という数字だけを見ても、その確認過程までは分かりません。
引用データは、研究成果が別の研究で利用されたことを示す手掛かりになります。一方で、社会や実務での利用、読まれ方の深さ、個々の引用が持つ意味までを、一つの数字から読み取ることはできません。
引用しやすくすることと、引用を求めることは違う
研究成果を正確に引用できる状態へ整えることと、他の研究者へ引用を求めることは別です。
研究発信でできるのは、
成果の存在を知らせる
研究の対象や結果を正確に示す
正式な書誌情報を取得できるようにする
本文や関連データへ進めるようにする
何を提供した研究なのかを分かるようにする
ところまでです。
一方、引用数を増やすこと自体が目的になると、研究との関係が逆転します。
たとえば、引用数を増やす目的で関係の薄い研究者へ引用を依頼したり、現在の研究と関係が薄い自著を参考文献へ追加したりすることは、研究成果を利用しやすくするための発信とは異なります。
検索や引用を意識するあまり、研究内容とは関係の薄い流行語をタイトルへ加える、研究の適用範囲を実際より広く見せるといった方法も、研究を正確に伝えるという目的から外れます。
自己引用についても、回数だけで適切かどうかを判断することはできません。
新しい研究が過去の自分の研究を直接引き継いでいるなら、その研究を引用するのは自然です。方法やデータの出典が自分の過去の研究にある場合も、必要な引用になります。
迷ったときは、次のように考えます。
「この文献を外したら、研究の背景、方法、結果を説明するために必要な根拠が失われるか」
必要な根拠が失われるのであれば、その文献を引用する理由があります。反対に、外しても論文の説明や根拠が何も変わらないのであれば、本当に必要な引用なのかをもう一度考えます。
発信する側の役割は、引用を獲得することではありません。必要な研究者が成果を見つけ、内容を確認し、必要であれば正確に引用できるところまで環境を整えることです。
引用される前に、研究の中で使われる
論文は、研究者に知られ、読まれた後、別の研究の中で知見、方法、データ、尺度、議論などを使う理由が生じたときに引用されます。
研究成果を発信する側では、何を提供した研究なのかを明確にし、正確な書誌情報を示し、本文や関連資料を確認できる状態を作れます。
その状態を公開後も維持しておけば、数年後に初めて研究を必要とする人にも成果を渡せます。
引用数は研究評価に利用される指標の一つですが、研究成果のすべての利用を示す数字ではありません。実際に行われた引用でも、データベースによって捕捉される範囲は異なります。反対に、引用されたという事実だけでは、その論文がどのように読まれたかまでは分かりません。
研究発信の目標を引用数そのものに置くのではなく、必要な研究者が研究を見つけ、内容を確認し、正確に利用できる状態を作る。
引用は、研究成果が別の研究の中へ引き継がれたことを示す痕跡のひとつです。
次回は、AIや検索・索引システムが研究成果をどのように見つけ、扱うのかを取り上げます。


