研究者のための研究発信ガイド⑦研究成果はいつプレスリリースするべきか
- 8月10日
- 読了時間: 12分

論文の採択や公開が決まると、「この研究成果をプレスリリースで発表できないだろうか」と考えることがあります。
プレスリリースを通じて報道機関に取り上げられれば、同じ分野の研究者だけでなく、企業、行政、医療や教育の関係者、一般の読者にも研究を知ってもらえます。
ただし、学術的な価値と、ニュースとして専門外の人へ伝える価値は同じではありません。
論文では、研究の方法、結果、根拠を学術的に記録します。一方、プレスリリースでは、その研究が専門外の人にとってなぜ注目に値するのかを、限られた文章で伝えます。論文の要旨から専門用語を減らしただけでは、プレスリリースとして十分な説明にはなりません。
また、発表には研究者と所属機関の広報担当者だけでなく、共著者、共同研究機関、ジャーナルや出版社が関わる場合があります。論文の公開日や報道解禁日を含め、関係者の予定をそろえる必要があります。
本記事では、研究成果をプレスリリースにするかどうかの判断から、広報担当者へ相談する時期、エンバーゴの確認、原稿と図版の点検、公開後の取材対応までを取り上げます。
ニュースとして伝える価値はどこにあるか
論文の学術的な価値は、研究分野に新しい知見を加えたか、方法や分析が妥当か、先行研究に対してどのような貢献があるかによって評価されます。
プレスリリースにするかどうかを考える際には、それとは異なる視点も必要です。
専門外の人にも関係する問いを扱っているか
従来の理解を変える知見があるか
現在の社会的な課題と接点があるか
研究の新しさを短く説明できるか
結果が当てはまる範囲を示せるか
図や写真を使って内容を伝えられるか
プレスリリースに向いているのは、必ずしも結論が派手な研究だけではありません。
新しい実験手法、データセット、データベース、ソフトウェア、研究資源などを公開した研究も、それを利用する人や研究上の意義を明確に示せれば、広く知らせる価値があります。
一方、専門分野では重要でも、専門外の人との接点を短い文章で正確に説明しにくい研究もあります。その場合は、研究室のWebサイト、学会での発表、解説記事、研究者自身によるオンライン発信など、別の方法を選べます。
プレスリリースを出したかどうかで、研究の価値に序列が付くことはありません。発表の有無は、研究評価とは異なる広報上の判断です。
誤解が生じやすい研究を見分ける
研究の種類によって、一般向けに発表した際に生じやすい誤解は異なります。
特に表現の設計が必要になるのは、次のような研究です。
対象数が限られた研究や予備的な研究
因果関係までは確認していない観察研究
細胞や動物を対象とした研究
特定の地域、年代、条件に対象を限定した研究
健康行動、診断、治療法などに関する研究
読者が結果を自己判断に使う可能性のある研究
特許、共同研究契約、個人情報などの確認が必要な成果
これらの研究をプレスリリースにしてはいけないという意味ではありません。
観察研究なら関連を因果関係と受け取られる可能性があります。細胞や動物を対象とした研究では、人への効果がすでに確認されたように伝わることがあります。限られた地域や年齢層の研究では、結果がすべての人に当てはまるように一般化されるかもしれません。
どのような誤解が生じやすいのかを先に想定し、それを原稿の中で防げる見込みがあるかを、発表可否の判断に含めます。
説明を短くすると研究の前提や条件が失われてしまう場合には、所属機関の広報担当者と相談し、今回は発表を見送るという選択もあります。
掲載予定が見えたら広報へ相談する
プレスリリースには、原稿の作成だけでなく、研究者による確認、共著者や共同研究機関との調整、図版の準備、公開日時の設定などが必要です。
論文が公開されてから準備を始めるのではなく、採択後など、掲載予定が見えた段階で所属機関の広報担当者へ連絡します。
大学ごとに、相談先や原稿の作成方法、共同研究機関との調整手順は異なります。たとえば千葉大学では、研究成果を公表する際の事前確認事項と具体的な手順をまとめたガイドラインを公開し、共同研究の関係者と十分に協議するよう案内しています。所属機関の規定や所定の様式を確認したうえで、準備を進めます。
最初の相談では、次の情報を伝えます。
論文の採択状況と公開予定日
ジャーナル名、論文タイトル、著者情報
共著者と共同研究機関
研究費と利益相反
特許出願や契約上の制約
ジャーナルや出版社による広報予定
研究者が取材に対応できる日時
詳細がまだ確定していなくても、採択通知や公開時期など、現時点でわかっている情報を共有します。早めに相談すれば、公開直前に原稿、図版、関係機関の確認を一度に進める事態を避けられます。
エンバーゴとは何か
エンバーゴとは、報道機関などへ情報を事前に提供しながら、指定された日時までは公表しないという報道解禁の取り決めです。
報道機関は解禁前に論文やプレスリリースを読み、必要に応じて研究者へ取材したうえで、指定日時以降に記事を公開します。EurekAlert!でも、エンバーゴ付きの資料は登録された報道関係者に事前提供され、解禁日時になると一般公開されます。
エンバーゴが設定されている場合、所属機関だけでプレスリリースの公開日時を決めることはできません。
出版社によっては、著者が所属機関を通じて独自に広報することを認める一方、出版社のエンバーゴを守り、公開予定を調整するよう求めています。
事前に確認するのは、次の内容です。
論文とプレスリリースを公開できる日時
解禁前に報道機関へ資料を提供できるか
解禁前に取材へ対応できるか
学会発表やオンラインでの発信が制限されるか
ジャーナルや出版社も広報を予定しているか
共同研究機関は発表を予定しているか
論文ページや機関リポジトリの公開日時
所属機関、出版社、共同研究機関がそれぞれ発表する場合も、解禁日時をそろえます。
機関リポジトリに置いた論文を案内する場合は、リポジトリ版の公開日がエンバーゴと矛盾しないかを確認します。プレスリリースを公開した時点で、論文ページやリポジトリへのリンクが有効になっていることも必要です。
エンバーゴの有無や日時が曖昧な場合は、推測で決めず、出版社や所属機関の広報担当者へ問い合わせます。
広報担当者へ渡す一枚メモ
広報担当者が論文だけを読んで、研究分野における新しさや社会との接点をすべて判断するのは困難です。
最初の相談時に、研究の要点を一枚程度にまとめておくと、見出しや記事の方向を検討しやすくなります。
これは必須の提出様式ではありません。研究者と広報担当者の認識をそろえるための任意の方法です。所属機関に所定の申請書やプレスリリース様式がある場合は、そちらを使用します。
一枚メモには、次の4項目を入れます。
今回新しくわかったこと
先行研究と比べて何が新しいのかを、一文で示します。
「世界で初めて」「画期的」といった評価語だけでなく、これまでわからなかった何を、どのような研究によって明らかにしたのかを書きます。
結果が当てはまる範囲
対象となった人、動物、細胞、地域、期間、研究条件などを示します。
結果の適用範囲を先に共有すれば、一般向けの文章を作る際にも、研究対象が必要以上に広げられるのを防げます。
この研究からは言えないこと
因果関係の有無、未検証の応用、対象外の集団などを明記します。
「今後期待されること」と「今回の研究で実際に確認したこと」を分けておくことも必要です。
誰に関係する成果なのか
他分野の研究者、医療関係者、行政、企業、教育関係者、一般の生活者など、想定する読者を示します。
「社会的に重要である」とだけ書くのではなく、どのような立場の人が、何を考える際に関係する研究なのかを具体化します。
この4項目で研究の中心を共有した後、原稿作成や取材準備の段階では、次の情報を追加します。
研究で答えようとした問い
これまでわかっていたこと
研究方法の概要
今後調べる必要があること
研究費と利益相反
共著者や共同研究機関
使用できる図や写真
最初から詳細な報告書を作る必要はありません。まず、見出しと説明の方向を決めるための情報を共有します。
完成した原稿を研究の要点と照合する
プレスリリースの作成方法は、所属機関によって異なります。
広報担当者が一枚メモや論文をもとに原稿を作る場合もあれば、研究者が所定の様式に沿って原案を用意し、広報担当者が編集する場合もあります。
どちらの場合も、案ができた後は、研究者と広報担当者が内容を確認します。
一枚メモを作成した場合は、そこで共有した「結果が当てはまる範囲」と「この研究からは言えないこと」を原稿と照合します。メモを作成していない場合も、論文の要点と主張の範囲に照らして確認します。
特に注意したいのは、次のような変化です。
「関連が見られた」が「原因である」に変わっていないか
「可能性が示された」が「実現できる」になっていないか
細胞や動物での結果が、人への効果として書かれていないか
限定された対象の結果が、すべての人へ広げられていないか
相対的な変化だけが強調され、実際の差が見えなくなっていないか
将来の応用が、すでに実用化された成果として書かれていないか
誇張は本文だけで生じるものではありません。見出し、小見出し、図の説明、研究者コメントも確認対象です。
本文が慎重に書かれていても、見出しに「治療法を発見」「問題を解決」とあれば、その印象が先に読者へ届きます。
健康・医療研究を対象とした調査では、大学や学術誌のプレスリリースに因果関係の断定や動物研究から人への飛躍が含まれていると、ニュース記事にも同じ種類の誇張が現れやすいことが報告されています。また、プレスリリースに研究の限界が記載されている場合は、ニュース記事でも限界が紹介される割合が高くなりました。
論文の主張と、プレスリリース全体の主張を一致させることが、その後の報道の正確さにも関わります。
図・写真・論文リンクを公開用に整える
論文中の図やグラフィカルアブストラクトをそのまま使うと、専門外の読者には内容が伝わりにくい場合があります。
報道機関や一般の読者に向けた画像では、縮小しても内容がわかること、短い説明で意味を理解できること、転載条件が明確であることが求められます。
使用前に、次の点を確認します。
画像や図版の著作権者
報道機関による転載の可否
撮影者名やクレジットの記載方法
図を改変した場合の表示
第三者のロゴや素材の利用条件
人物や研究参加者を特定できる情報の有無
患者や研究参加者から得た同意の範囲
公開時点で論文へのリンクが機能するか
研究室や研究対象の写真を掲載する場合は、見栄えよりも、研究内容の理解に役立つかを基準に選びます。
研究者が装置の前に立っている写真だけでは、何を研究したのかが伝わらないこともあります。研究対象や実験の仕組みがわかる写真、結果の関係を示す簡潔な図など、本文の説明を補う画像を選びます。
論文中の図を加工して使う場合は、図の意味を変えていないか、改変したことを明記する必要があるかも確認します。
出版社版の論文へ自由にアクセスできない場合は、公開条件を確認したうえで、機関リポジトリなどに置かれた適切な版へのリンクも検討します。
公開後の取材に備える
プレスリリースの公開後には、報道機関から問い合わせが来る場合があります。
研究者は、論文の結果だけでなく、研究の社会的な意味、実生活への影響、将来の応用などについても質問されます。
事前に用意しておきたいのは、次の内容です。
研究の要点を一分程度で説明する言葉
結果が当てはまる範囲
誤解されやすい点への回答
一般の人が行動を変える必要があるか
研究費と利益相反に関する説明
取材に対応できる日時と連絡方法
取材では、完成原稿を確認した際に定めた研究の要点と主張の範囲を、同じ言葉で説明します。
質問を受けるたびに表現を強くしたり、プレスリリースには書かれていない応用可能性を付け加えたりすると、同じ研究について異なる説明が流通します。
質問にその場で答えられない場合は、推測で話す必要はありません。論文やデータを確認した後に回答する、専門の異なる共著者へ確認するなど、正確さを優先します。
報道内容に重大な誤りがあった場合も、研究者が単独で訂正を求める前に、所属機関の広報担当者へ相談します。健康や安全に関わる誤情報、研究結果を逆の意味に受け取らせる記述など、影響の大きいものから対応します。
報道内容を記録し、次の発表に生かす
プレスリリースの公開後は、掲載件数だけでなく、研究がどのような見出しと文章で伝えられたかを記録します。
一つの記事が複数のニュースサイトへ転載されると、掲載件数は増えます。その過程で、研究の対象や条件が省略されたり、見出しの表現が原稿より強くなったりすることがあります。
記録する内容としては、次のようなものがあります。
掲載媒体と掲載日
記事の見出し
研究の対象や条件が残されているか
関連が因果関係として書き換えられていないか
将来の応用が現在の成果として書かれていないか
研究者の発言がどのように引用されたか
訂正を依頼した内容と、その対応結果
掲載された記事をすべて批評する必要はありません。
どの言葉が強く言い換えられたのか、どの条件が省略されたのかを記録しておけば、次のプレスリリースで注意すべき箇所が見えてきます。
「可能性」が「実現」に変わりやすいのであれば、次回は将来の応用を本文から分離し、より明確な見出しを付けられます。対象者の条件が繰り返し省略されるのであれば、タイトルや冒頭にも対象を入れる方法があります。
公開後の記録は、報道機関を評価するためではなく、次の発表で研究をより正確に伝えるために使います。
研究を大きく見せる前に、正しく伝えられるかを考える
学術的な価値と、ニュースとして伝える価値は別のものです。
プレスリリースを出すかどうかは、研究の新しさだけでなく、社会との関係や、専門外の人へ正確に説明できるかを踏まえて判断します。
発表する場合は、掲載予定が見えた段階で所属機関の広報担当者へ相談します。ジャーナルや出版社の規定、エンバーゴ、共同研究機関の予定、論文本文へのリンクも確認し、公開日時をそろえます。
研究者は、新しくわかったことだけでなく、結果が当てはまる範囲と、この研究からは言えないことも広報担当者と共有します。完成した原稿、図版、研究者コメント、取材対応が、その範囲から外れていないかを点検します。
プレスリリースの役目は、研究を実際以上に大きく見せることではありません。
専門外の人が研究の意味を正しく理解し、必要に応じて論文本文を確認できる入口を作ることです。


