研究者のための研究発信ガイド⑨研究成果を機械が扱える形にするには
- 1 日前
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論文を投稿するとき、研究者は本文ファイルだけを提出しているわけではありません。
投稿システムでは、論文タイトル、著者名、所属、要旨、キーワード、参考文献、ORCIDなど、さまざまな情報を入力します。
こうした情報は、査読や出版のための事務情報のようにも見えます。しかし出版後には、研究成果が何であるかを識別し、検索し、他の研究成果と結び付けるためにも使われます。
以前の記事「論文を読むのは誰か?AI時代の学術コミュニケーションを考える」では、人間が論文を読む前に、検索システムやAIが研究成果を発見・整理する場面が増えていることを取り上げました。
今回は、その研究情報が機械に扱われるまでの流れに注目します。
投稿時に入力した情報は、出版された後、どのように別のシステムへ渡り、研究成果同士を結び付けていくのでしょうか。
論文本文とは別に「研究を説明する情報」がある
論文には本文そのものと、それが「何という研究成果なのか」を説明する情報があります。この後者がメタデータです。
論文の場合、タイトル、著者、所属、出版年、ジャーナル名、要旨、キーワード、DOI、ORCID、研究費情報、ライセンス、参考文献など、さまざまな情報がメタデータとして扱われます。
人間ならPDFの1ページ目を見て、「これがタイトル」「この人が著者」と判断できます。一方、複数の情報システムの間で研究成果を扱うには、それぞれが何の情報なのかを区別できることに意味があります。
DOIも、単に論文ページへ移動するためのURLではありません。研究成果を識別し、その成果に関するメタデータと結び付けるための永続的な識別子です。Crossrefでは、会員がDOIとともにタイトル、著者、所属、研究費などのメタデータを登録し、登録された情報を外部から取得できる仕組みを提供しています。
ORCIDも、氏名の表記が変わったり、同姓同名の研究者がいたりする場合に、研究者本人と研究成果を結び付けるための識別子として利用できます。Crossrefのメタデータにも著者のORCID iDを含めることができ、研究成果と研究者を結び付ける情報として扱われます。
本シリーズ第8回では、DOIなどを「正確に引用できる状態」という観点から取り上げました。今回は、それらが異なる情報システムの間で研究成果や研究者を識別する役割に注目します。
投稿時に入力した情報は、その後どこへ行くのか
研究情報の流れは、出版社のWebサイトだけで完結しません。
研究者が投稿した情報をもとにジャーナルや出版社が出版物を作り、その一部をDOI登録機関や各種の学術情報基盤へ提供します。そこから、別のサービスが情報を取得し、検索や研究成果の関連付けなどに利用することがあります。
すべての出版物が同じ経路を通るわけではなく、どの情報がどのサービスへ渡るかも一様ではありません。
学術情報基盤の一例としてCrossrefを見てみます。
Crossrefでは、会員である出版社などがDOIを登録するときに、その研究成果についてのメタデータも登録します。登録された情報はCrossrefのAPIなどを通じて外部から取得でき、研究成果を別の情報と結び付けるために利用できます。
つまり、投稿画面で入力した論文タイトルや著者名などは、その画面の中だけで使われて終わるとは限りません。出版後の研究情報流通を支える元データになる場合があります。
この流れを知っていると、投稿時に入力する情報を正確にする意味も変わって見えてきます。
参考文献はどうやって「引用関係」になるのか
第8回では、実際には引用されていても、引用データに現れない場合があることを取り上げました。
その理由の一つは、論文の参考文献欄に文献が書かれていることと、それが機械によって「この論文が、あの論文を引用している」と認識されることが、同じではないためです。
ここでも、仕組みを見るための一例としてCrossrefを挙げます。
CrossrefのCited-byでは、会員が論文の参考文献情報をメタデータとして登録すると、その参考文献をCrossrefに登録されている研究成果と照合します。一致すれば、引用する研究成果と引用された研究成果との関係が記録されます。
ここで注意したいのは、参考文献情報の登録は必須の工程ではなく、強く推奨されるものとされていることです。参考文献情報が登録されなければ、その経路からは引用関係を把握できません。
登録された参考文献にDOIが含まれていれば、そのDOIを使って対応する研究成果を結び付けます。DOIが記載されていない場合は、提供された書誌情報をもとに一致する研究成果を探します。すぐに一致しなかった参考文献についても、後から再度照合される仕組みがあります。
ただし、すべての参考文献を照合できるわけではありません。Crossref以外の登録機関でDOIが登録されている場合や、DOIを持たない会議録、マニュアル、ブログ記事、一部のジャーナル論文などは、一致しない例として挙げられています。
このため、「参考文献として引用された」という事実と、「ある引用サービスで引用として認識された」という事実は一致しない場合があります。
論文末尾に並んだ参考文献は、そのままで完全な引用データになるわけではありません。参考文献情報が機械で扱える形で提供され、既存の研究成果と対応付けられることで、「どの成果がどの成果を引用したか」という関係として利用できるようになります。
自分の投稿先について確認する方法もあります。CrossrefのParticipation Reportsは無料で公開されており、誰でも閲覧できます。Crossref会員ごとに、参考文献、要旨、ORCID iDなど11項目のメタデータがどの程度登録されているかを確認できます。ジャーナル論文については、ISSNを持つ個別誌まで絞り込んで見ることもできます。
第8回で触れた「引用されても数字に現れないことがある」という現象の裏には、このような情報処理の仕組みもあります。
PDFとXMLでは「わかる」の意味が違う
PDFは、人間が論文を読む形式として広く使われています。
人間なら、ページ上の位置や文字の大きさ、見出し、図表などを見ながら、「これが論文タイトル」「ここからMethods」「これはFigure 2」「ここは参考文献」と判断できます。
機械が同じ情報を処理するときには、見た目だけでなく、「この文字列はタイトル」「これは著者」「これは本文中のセクション」「これは図」「これは参考文献」といった構造が明示されていると、それぞれを区別して扱えます。
人間が見れば意味のわかる情報を、機械も「何の情報なのか」判別できる形にすること。これが機械可読性を考える際の一つの基本になります。
JATS XMLという構造
学術論文を構造化して表現する形式の一つに、JATS XMLがあります。
JATSは、ジャーナル論文を記述するためのXML要素や属性を定めた標準です。タイトル、著者、要旨、本文、図表、参考文献など、論文を構成する情報をそれぞれの役割が分かる形で記述できます。
国内ではJ-STAGEでもJATSをベースにしたXML形式が使われています。J-STAGEの中長期戦略に基づく施策では、「登載情報の品質向上のためのメタデータ整備」と「全文XML化推進」が具体的な取り組みとして掲げられています。
JATS XMLそのものの構造や、J-STAGEで進められている全文XML化については、別記事「J-STAGE全文XML義務化とは?学協会が知っておきたいJATS XMLの基礎知識」で詳しく紹介しています。
研究者自身がJATS XMLを作成する必要はあまりないかもしれません。ここで知っておきたいのはXMLの書き方ではなく、研究成果はPDFの見た目だけでなく、機械が各要素を区別できる構造を持った情報としても流通しているということです。
機械が扱いやすいことと、AIが正しく理解することは違う
メタデータやXMLによって、どれがタイトルで、誰が著者で、どこが参考文献なのかといった構造を機械が識別しやすくできます。
しかし、情報の構造を識別できることと、研究の意味を正しく解釈できることは別です。
たとえばAIによる研究の要約を利用するときには、元の論文に書かれている研究対象や条件が要約にも残っているか、複数の研究内容が一つにまとめられていないか、示された出典が説明の根拠になっているかを確認する必要があります。
これは、前節で説明した参考文献の照合とは別の問題です。
参考文献の照合では、「どの研究成果がどの研究成果を引用しているか」という関係を識別します。一方、AIによる要約では、その研究成果の内容をどのように解釈し、文章として表現しているかを確認します。
JATS XMLも、AIが論文の意味を100%正確に理解するための形式ではありません。論文の構造や各要素を機械が区別し、処理しやすくするための基盤のひとつです。
そのため、AIを通じて研究成果を見つけた場合も、最終的には元の論文へ進み、自分が必要としている記述やデータが存在するかを自分の目で確認することが必要です。
「発見されやすく書く」と「AI向けに内容を変える」は違う
以前の記事では、タイトルやキーワードを検索する側の言葉で設計することや、要旨で研究の主張と根拠を明確にすることを取り上げました。
AIや検索システムを意識する場合も、研究内容を正確に、検索する人が識別できる言葉で書くことが基本です。これは、人間にも機械にも研究を見つけてもらう助けになります。
一方、AI検索で拾われそうだから研究と関係の薄い語を加える、流行している語を不自然に繰り返す、実際より広い対象に当てはまる研究のように見せる、AIによる要約のしやすさを優先して研究内容を必要以上に単純化するといった行為は、同じものではありません。
研究内容を正確に、識別できる形で書くことと、研究内容とは別の理由で語や表現を加えることは違います。
前者は、人間が読んでも、検索システムが扱っても役立ちます。後者は、研究そのものの記述を歪めます。投稿時に入力した研究情報が、その後さまざまなシステムへ渡る可能性があることを知り、その元になる情報を正確に整えておくことが、研究者側でできる大切な準備です。
研究発信は、論文を公開した後だけの仕事ではない
研究発信というと、論文公開後にSNSで知らせたり、学会で紹介したり、研究者プロフィールへ登録したりする活動を想像しがちです。
しかし、研究成果が後から見つけられるための情報は、それより前から作られています。
投稿時に入力したタイトル、著者、所属、参考文献などは、出版後には研究成果を識別し、別の研究情報と結び付けるためのメタデータになります。
DOIやORCIDなどの識別子は、異なる情報システムの中でも、同じ研究成果や同じ研究者であることを示す助けになります。
参考文献も、単に論文末尾に並んだ文字列のままではなく、機械で扱える情報として提供され、既存の研究成果と照合されることで、引用関係として利用できるようになります。
JATS XMLのような構造化形式は、論文の各部分が何を意味するのかを機械が区別するための基盤になります。
ただし、機械が研究情報を扱えることと、AIが研究内容を正しく理解することは同じではありません。
研究者が目指すのは、AIに選ばれることではありません。
研究成果についての元の情報を正確に残し、それが人にも機械にも扱える形で流通するようにする。それも、研究成果を必要な読者へ届けるための研究発信の一部です。



