研究者のための研究発信ガイド⑤グラフィカルアブストラクトは何を伝え、何を伝えられないのか
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論文を探しているとき、タイトルや要旨とともに、一枚の図が表示されているのを見たことはないでしょうか。
研究の対象、方法、主な結果が図で示されていれば、論文を開く前でも、おおよその内容をつかめます。このように、論文全体を視覚的に紹介するために作られるのが、グラフィカルアブストラクト(GA)です。
図だけで論文の内容をすべて伝えることはできません。では、グラフィカルアブストラクトには何を残し、何を論文本文に委ねればよいのでしょうか。
グラフィカルアブストラクトの提出は必須なのか
その前に、そもそもグラフィカルアブストラクトの提出が必要かどうかを確認します。
提出が必須か任意かは、ジャーナルによって異なります。投稿前に著者向けガイドラインを読み、提出の要否、画像の仕様、図の中に記載できる情報に目を通します。
公開後の表示方法も一律ではありません。論文ページの要旨付近に掲載されるほか、記事一覧や目次でも使われます。MDPIの例で言うと、グラフィカルアブストラクトは論文ページでアブストラクト(テキスト版)の下に表示されます。掲載場所が分かると、どの大きさで、どのような読者に見られるかを想定できます。
論文中の図表とグラフィカルアブストラクトは役割が違う
論文中の図表は、個々の実験結果や分析結果を詳しく示します。これに対して、グラフィカルアブストラクトでは、研究の問い、対象、方法、主要な結果がどのようにつながっているかを一枚で見せます。
ある測定結果を示したグラフは、具体的な数値や変化を確認するためには有用です。しかし、そのグラフだけを見ても、なぜその研究が行われ、その結果が研究上のどの問いに答えているのかまでは分かりません。
グラフィカルアブストラクトを作る際には、論文中の図を並べ直すのではなく、研究を理解するために欠かせない要素を選びます。詳しい数値、分析条件、結果を解釈する際の留保は、論文本文に残します。
両者はどちらか一方を選ぶものではありません。個別のデータを詳しく示す図と、研究全体の流れを見せる図を、目的に応じて使い分けます。
一枚の図で示せること、示せないこと
グラフィカルアブストラクトでは、研究の背景にどのような問題があり、何を対象として、どのような方法で調べ、主に何が分かったのかを示します。
複数の実験や分析から得られた結果が、どのように結び付いているかも表現できます。研究の問いと結果の関係なら、図一枚でも十分に示せます。
一方、次のような内容を図だけで十分に説明するのは困難です。
方法の妥当性を判断するための詳細
対象者や試料を選んだ基準
分析条件や統計的な解釈
結果に含まれる不確実性
研究の限界や例外
先行研究との細かな違い
ある介入の前後で数値が変化したことは、図でも示せます。しかし、その変化が介入によって生じたのか、対象者の違いや外部要因が影響したのかを判断するには、研究デザインや分析方法を読む必要があります。
グラフィカルアブストラクトで目指すのは、読者が論文を読むかどうかを判断できるところまでです。結果がどの程度確かなのか、どの範囲まで当てはまるのかは、論文本文で確認してもらいます。
誰に見せるかで残す情報を変える
同じ研究を扱う場合でも、図を見る相手によって、残す情報は変わります。
同じ分野の研究者に向けるのであれば、一般的な研究方法や専門用語の説明をある程度省けます。隣接分野の研究者や、より幅広い読者に向けるなら、研究背景や対象について補足します。
ただし、専門用語をすべて日常語に置き換えればよいわけではありません。説明を簡単にした結果、研究対象や結果の意味が変わってしまえば、分かりやすい図ではなく、不正確な図になります。
作成前に、誰に何を伝えたいのかを定めます。相手が知らない情報は補い、すでに共有されている前提は省きます。
研究の構造に合う形を選ぶ
問いから方法、結果へと順番に進む研究であれば、左から右へ流れる構成が分かりやすいでしょう。複数の条件を比較する研究では、条件ごとに並べて違いを示します。概念同士の関係を扱う研究なら、中心と周辺、階層、重なりなどを使って表現します。
すべての研究を、いくつかの箱と矢印で描く必要はありません。
具体的には、複数の解釈を提示する研究を一方向の矢印でつなぐと、論文では示していない一つの結論へ収束するように見えます。時間的な順序がない研究を左から右に並べれば、実際にはない前後関係が生まれます。
文章よりも図の方が研究の関係性を伝えやすいか、投稿規定の範囲内で読みやすく示せるかを考えます。提出が任意であれば、こうした条件を踏まえて作成するかどうかを決めます。
一枚にまとめることで内容が不正確になるときは、配置や図の形式を変えます。図より文章の方が適切であれば、文章による要旨を中心にします。
単純化によって主張を強めすぎない
一枚の図を作るには、多くの情報を省略しなければなりません。その過程で、意図していなくても、論文で示した以上に強い結論に見えることがあります。
特に注意したいのが、矢印の使い方です。
二つの要素の間に関連が見つかった研究で、一方から他方へ向かう矢印を描くと、原因と結果の関係まで確認されたように見えます。ある生活習慣を持つ人ほど特定の数値が高かったという結果を、生活習慣から数値の上昇へ向かう矢印で描けば、その生活習慣が数値を上げたと受け取られかねません。
研究で示したのが関連であれば、二つの要素を並べる、同じ枠の中に置くなど、因果関係を断定しない表現を使います。線や矢印を使うときは、関連、変化、手順など、何を表しているのかを凡例や短いラベルで示します。
調査対象の範囲にも注意が必要です。特定の年齢層や地域、限られた条件で得られた結果を、すべての人に当てはまるように描くと、論文中の主張よりも広い結論になります。
応用可能性や社会的な意義を盛り込む際は、研究で実際に確認した結果と、そこから期待される展開を分けます。「今回の研究で分かったこと」と「今後期待されること」を別の領域に置き、ラベルを付けます。これにより、読者は両者を混同せずに読めます。
読みやすさを確認する
図の内容が適切でも、文字が読めなければ研究は伝わりません。投稿先が指定する画像サイズ、縦横比、ファイル形式、解像度を確認し、その条件で読みやすい図を作ります。
記事一覧や目次では画像が小さく表示されます。完成した図を実際に縮小し、主要な流れを追えるか、文字や記号を読めるかを試します。
色だけで条件やグループを区別すると、閲覧環境や読者の色覚によって差が判別しにくくなります。色に加えて、形、線、模様、ラベルを使い、色の違いだけに情報を依存させないようにします。
図に使う素材の権利を確かめる
写真、イラスト、アイコンなどを使う際は、素材の利用条件を読みます。
オープンアクセスで公開された論文では、図も原則として論文に表示されたライセンスの対象となり、第三者による再利用が想定されます。CC BY 4.0では、出典の表示などの条件を守れば、著作物を共有、改変、再配布できます。
ただし、著者が権利を持たない第三者素材まで、論文全体と同じライセンスで提供できるわけではありません。第三者素材に別の利用条件が適用されるときは、その素材がCCライセンスの対象外であることを明示する必要があります。Creative Commonsも、第三者の権利が含まれる場合は、再利用者に分かるよう表示することを勧めています。
許諾のない素材が含まれていると、著者が許諾の範囲を超えて素材を公開するだけでなく、その図を再利用した人も、図全体を自由に使えると誤認するおそれがあります。
多くの出版社と同様に、MDPIでも、著者が著作権を持たない出版済みの図、表、文章などを転載する際は、原則として権利者から許諾を得るよう求めています。
第三者素材を使用する場合は、必要な許諾を取得したうえで、図のキャプションや謝辞などに、該当部分の出典と利用条件を記載します。具体的な記載方法は、投稿先のガイドラインに従います。
図に使う素材は、自分で作成したものか、論文への掲載と公開後の再利用が明示的に認められたものから選ぶと、権利関係を管理しやすくなります。
投稿用の図と自主配布用の図を使い分ける
投稿用のグラフィカルアブストラクトでは、タイトル、著者名、DOI、ジャーナルのロゴなどを図の中に入れないよう指定されることがあります。
論文ページでは画像の周囲に書誌情報が表示されるため、同じ情報を図の中へ重ねて入れる必要は通常ありません。何を記載できるかは、投稿先の規定に従います。
一方、研究者自身がSNS、研究室のWebサイト、講演資料などで図を配布すると、画像だけが保存され、元の投稿文や論文ページから離れて共有されます。
SNSへ投稿する際は、投稿文やキャプションに論文タイトル、著者名、出版年、DOIなどを記載し、論文へのリンクを付けます。
研究室や大学のWebサイトでは、図の近くに書誌情報と論文へのリンクを置きます。画像だけで再共有される可能性が高いときは、図の余白に著者名、出版年、DOIなどの短い出典情報を加えます。
一つの画像へすべての情報を詰め込む必要はありません。使う媒体に合わせて、画像の中に置く情報と、周辺に添える情報を分けます。
一枚の図で伝える範囲を見極める
グラフィカルアブストラクトは、研究の問い、方法、主要な結果の関係を短時間で伝えられるものです。一方、方法の妥当性、結果の不確実性、研究の限界を判断するには、論文本文を読む必要があります。
図を見る相手を定め、研究の構造に合う形式を選びます。何を図に残し、何を論文本文に委ねるかを決める際にも、研究で実際に示した主張の範囲を守ります。
グラフィカルアブストラクトは、論文をそのまま一枚に縮めたものではありません。
一枚を見た読者が研究の内容を正しくつかんだり、さらに詳しく知ったりするために論文を開く。そういった、論文へのアクセスを促すのがグラフィカルアブストラクトの役割となります。


