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査読の前に研究を公開するという選択肢──プレプリントとPreprints.orgの基礎知識

  • 3 日前
  • 読了時間: 6分




論文をジャーナルに投稿してから出版されるまで、数ヶ月、分野によっては1年以上かかることも珍しくありません。その間、研究成果が査読付き論文として広く公開されない状態が続きます。学位審査や研究費申請を控えているときや、競争の激しい分野で研究成果を公表した時点を明確にしたいときなど、「今すぐ成果を示したい」という場面は、研究者であれば一度は経験するのではないでしょうか。


こうした場面で選択肢のひとつになるのが「プレプリント」です。本記事では、プレプリントとは何か、査読付きジャーナルとの違いは何かを整理したうえで、MDPIが運営するプレプリントサーバ「Preprints.org」をご紹介します。



プレプリントとは何か


プレプリント(preprint)とは、査読を受ける前の段階の研究論文を、著者自身が公開したものを指します。プレプリントサーバに投稿された原稿は、各サーバが定める確認手続きを経て公開されます。査読を行わないため、通常は査読付きジャーナルよりも早く研究成果を共有できます。


オンラインでプレプリントを共有する文化は、物理学分野を中心に発展しました。1991年に開設されたarXiv(アーカイヴ)は、現在も物理学・数学・計算機科学などの分野で広く利用されています。その後、生命科学分野のbioRxiv(2013年開設)などが登場し、対象分野は徐々に広がってきました。プレプリントの存在が分野を超えて広く知られるようになった契機のひとつは、COVID-19のパンデミックです。感染症対策に関わる研究成果が、査読を待たずにプレプリントとして次々と共有され、その速報性が注目を集めました。



査読付きジャーナルとの違い


プレプリントと査読付きジャーナルの最も大きな違いは、査読の有無です。


査読では、同分野の研究者が研究方法や論理構成、新規性などを検討します。査読は論文の正しさを保証するものではありませんが、専門家による品質管理のプロセスとして重要な役割を果たしています。一方で、査読には時間がかかります。また、リジェクトと再投稿を繰り返せば、公開までの期間はさらに延びます。


プレプリントは、原則として公開前の査読を経ていません。その代わり、投稿から公開までが速く、早い段階で世界中の読者がアクセスできる状態になります。


つまり、両者は対立するものではなく、役割が異なります。プレプリントは研究成果を早期に共有するための原稿、査読付きジャーナル論文は査読と編集を経て出版された論文と考えると分かりやすいかもしれません。実際、プレプリントを利用する研究者の多くは、公開した原稿をその後ジャーナルに投稿し、査読を経て出版するという流れをとっています。


なお、プレプリントとして公開済みであることは、現在では多くのジャーナルで既発表とはみなされませんが、方針はジャーナルによって異なります。投稿を検討する際は、投稿先のプレプリントポリシーを事前に確認することをおすすめします。



プレプリントを利用する際の注意点


プレプリントは査読を経ていないため、内容の妥当性は担保されていません。読む側にも、この点を踏まえた注意が求められます。特に医療や安全に関わる判断の根拠とする場合には、査読済みの文献や専門家の助言を優先すべきです。プレプリントサーバの多くは、後にジャーナル出版された場合に査読済み版へのリンクを表示する仕組みを持っているので、最新の状態を確認するとよいでしょう。


公開する側にも、事前に確認しておくべきことがあります。プレプリントは、一度公開すると完全に取り消すことが難しくなります。投稿前には、共著者全員の同意を得たうえで、投稿予定のジャーナル、研究費配分機関、所属機関の方針を確認してください。特許出願を検討している研究については、公開が出願に影響する可能性があるため、公開前に所属機関の知的財産担当部署などへ相談する必要があります。Preprints.orgでも、特許取得を予定している研究はプレプリントとして公開しないよう案内しています。



Preprints.orgとは



Preprints.orgは、MDPIが運営する無料のプレプリントサーバです。2016年にサービスを開始し、今年で10周年を迎えます。幅広い研究分野と複数の原稿種別を対象とする、マルチディシプリナリーなプラットフォームです。


日本ではまだ知名度が高いとは言えませんが、10年にわたって運営されてきた実績があり、これまでに12万8千件を超えるプレプリントが掲載され、43万人を超える研究者が参加しています(2026年7月時点)。MDPIのジャーナルへの投稿とも連携しています。


Preprints.orgの主な特徴をご紹介します。


オープンアクセスとCC BY 4.0ライセンス


すべてのプレプリントは、クリエイティブ・コモンズのCC BY 4.0ライセンスで公開されます。著作権は著者に帰属したまま、誰でも無料で読み、適切なクレジット表示のもとで利用できます。


Crossref DOIによる引用可能性


公開されたプレプリントには、Crossrefを通じて固有のDOI(デジタルオブジェクト識別子)が付与されます。これにより、公開直後から引用が可能になり、プラットフォーム上のURLが変わった場合にも、恒久的な識別子として機能します。なお、プレプリントを改訂して新しい版を公開した場合、版ごとに異なるDOIが付与されます。


さまざまな検索サービスからの発見可能性


Preprints.orgに掲載されたプレプリントは、分野や各サービスの収録基準に応じて、Clarivate Preprint Citation Index、Europe PMC、Google Scholar、Dimensions、OpenAlexなどからも検索・発見できます。プレプリントサーバのサイト内だけでなく、研究者が日常的に使う検索経路からも見つけてもらいやすい状態になっています。


コメント機能によるフィードバック


公開されたプレプリントには、読者がコメントを付けることができます。著者にとっては、ジャーナル投稿前に研究内容へのフィードバックを得る機会になります。コメントは科学的内容に関するものに限られ、専門的な議論の基準に沿って運用されています。また、投稿時にPREreviewというレビュープラットフォームのフィードバックを希望すると、プレプリントの公開後に依頼が送られる仕組みもあります。


公開までの流れ


Preprints.orgへの投稿は無料で、手順もシンプルです。


  1. 投稿:MDPIアカウントまたはPreprints.orgアカウントでログインし、基本情報を入力してファイルをアップロードします。

  2. スクリーニング:公開前にスクリーニングが行われます。基本的な科学的内容、著者情報、倫理基準への準拠が確認され、ほとんどの場合1営業日以内に完了します。

  3. オンライン公開:スクリーニングを通過したプレプリントは、CC BY 4.0ライセンスのもとオープンアクセスで公開されます。

  4. 更新:改訂版がまだジャーナル等で出版されていない限り、著者は内容を更新して新しい版を公開できます。


なお、スクリーニングは査読ではありません。内容の妥当性を検証するものではなく、公開に適した論文かどうかを確認する手続きです。


MDPIのジャーナルとの連携


MDPIのジャーナルに論文を投稿する際、投稿画面でPreprints.orgへの同時掲載を選択できます。ジャーナルでの査読が進む間、プレプリントとして研究成果を先に公開しておくことができます。


また、プレプリントが後にジャーナルで出版された場合、Preprints.orgの記事ページとPDFにジャーナル版へのリンクが表示されます。読者が査読済みのジャーナル版にたどり着きやすい仕組みになっています。



おわりに


プレプリントは、査読付きジャーナルに取って代わるものではなく、研究成果を届けるタイミングと経路を増やす選択肢です。研究成果を公表した時点の記録を残したい、投稿前にフィードバックを得たい、査読を待つ間も成果を参照可能にしておきたい──そうした場面では、プレプリントの利用を検討する価値があるかもしれません。


Preprints.orgの詳細については、https://www.preprints.org/をご参照ください。

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