いまさら聞けない学術出版用語:Version of Recordとは? 論文にはなぜ複数のバージョンがあるのか

学術論文を検索していると、同じタイトルの論文が、ジャーナルのウェブサイトやプレプリントサーバー、大学の機関リポジトリなど、複数の場所で公開されていることがあります。内容を比べると、一部の記述やレイアウトが異なる場合もあります。
これは、一つの研究成果について、出版までの過程で異なるバージョンの原稿が作成されるためです。
学術出版では、正式に出版された論文をVersion of Record(VoR)と呼びます。今回は、VoRとは何か、投稿原稿や著者最終稿とどう違うのか、また論文を引用・公開する際に何に注意すればよいのかを解説します。
論文には複数のバージョンがある
学術論文は、研究者が原稿を作成してからジャーナルに掲載されるまでに、いくつかの段階を経ます。ここでは、代表的な3つのバージョンを紹介します。
1. 投稿原稿(Submitted Manuscript)
研究者がジャーナルに投稿した段階の原稿です。通常、まだそのジャーナルでの査読を経ていません。査読前の原稿がプレプリントとして公開される場合もありますが、投稿原稿とプレプリントは必ずしも同じものではありません。
2. 著者最終稿(Accepted Manuscript)
査読を経て、ジャーナルへの掲載が正式に受理された段階の原稿です。査読者の指摘を反映した修正は完了していますが、通常は出版社による最終的な編集や組版が行われる前の状態です。Author Accepted Manuscript(AAM)とも呼ばれます。
3. 正式出版版(Version of Record:VoR)
出版社が正式に出版したと認める論文のバージョンです。一般的には、査読後の原稿に編集・組版などの出版工程を施し、ジャーナルの正式な論文として公開されたものを指します。読者が出版社のウェブサイトで閲覧する論文の正式版が、これに該当します。
なお、実際の出版工程には校正刷り(Proof)などの段階もあり、すべてのジャーナルが同じ手順を採用しているわけではありません。
Version of Recordは、なぜ重要なのか
VoRの重要な役割は、論文が正式に出版された状態を明確にすることです。
例えば、研究者が論文のプレプリントを公開した後、査読を経て正式なジャーナル論文として出版した場合、プレプリントとVoRでは内容が異なっていることがあります。
査読過程で実験結果の解釈が修正されたり、説明や参考文献が追加されたりすることもあるためです。
このため、ある研究を参照する際には、どのバージョンを読んでいるのかを把握することが重要です。正式出版版が利用できる場合には、VoRを確認することで、査読や出版工程を経た論文の内容を参照できます。
また、VoRは出版社によって正式に出版された学術記録として扱われます。ただし、正式出版された後に、誤りの訂正や論文の撤回が行われる可能性もあります。VoRは「出版後に変更が生じない論文」という意味ではありません。
論文のバージョンには共通の定義がある
論文のバージョンを区別するための用語は、出版社ごとにばらばらに使われているわけではありません。
米国の情報標準化団体NISO(National Information Standards Organization)は、学術論文の各バージョンを区別するための推奨規格「Journal Article Versions(JAV)」を策定しています。
この規格は2008年に初めて公表され、2026年10月5日に改訂版「NISO RP-8-2026」が公開されました。
改訂の背景には、プレプリントの普及や新しい出版モデルの登場、出版後の論文の更新などがあります。一つの論文が複数の形で公開されることが一般的になったため、どの段階の原稿なのかを正確に示す必要性が高まっています。
改訂版では、論文のバージョンを表す用語や定義に加え、それぞれのバージョンを識別し、関係づけるための考え方も整理されています。
機関リポジトリに登録できるのは、どのバージョン?
論文のバージョンの違いが特に重要になる場面の一つが、大学などの機関リポジトリへの登録です。研究成果をオープンアクセスで公開する際、出版社やジャーナルの方針によって、登録できる原稿のバージョンや公開条件が異なる場合があります。
例えば、購読型ジャーナルに掲載された論文では、出版社が作成したVoRを自由に公開することは認められていなくても、著者最終稿については一定の条件で公開を認めていることがあります。
その場合、著者は公開までの猶予期間(エンバーゴ)や、著作権・ライセンスに関する条件を確認する必要があります。
一方、CC BYなどのオープンライセンスで出版されたVoRについては、そのライセンスが定める条件に従って再利用できます。
重要なのは、査読済みかどうかと、自由に公開できるかどうかは別の問題だということです。
機関リポジトリへの登録を検討する際には、対象となるバージョンを確認したうえで、ジャーナルの最新の公開方針や適用されるライセンスを調べる必要があります。
出版社ごとの方針を調べる際には、英国Jiscが提供する「Open Policy Finder」なども参考になります。
論文を引用するときは、どのバージョンを使う?
同じ研究成果について複数のバージョンが公開されている場合、引用時にも注意が必要です。
正式なジャーナル論文が出版されている場合には、原則としてVoRを確認し、その内容と書誌情報に基づいて引用するのが適切です。
プレプリントを引用する場合には、査読前の原稿であることがわかるよう、公開先やバージョンなどの情報を示すことが望まれます。
また、プレプリントとVoRには別々のDOIが付与される場合があります。同じ研究成果だからといって、異なるバージョンのDOIを混同しないよう注意しましょう。
論文の公開後に訂正や撤回が行われた場合も、引用前に最新の状態を確認することが重要です。
DOI登録機関のCrossrefが提供する「Crossmark」は、論文の訂正・撤回・更新などの情報を読者が確認できるようにする仕組みです。対応している論文では、Crossmarkを通じて出版後の変更状況を調べることができます。
まとめ
Version of Record(VoR)は、出版社が正式に出版したと認める学術論文のバージョンです。
論文には、投稿原稿、著者最終稿、VoRなど、出版過程に応じた異なるバージョンが存在します。これらは内容や出版工程上の位置づけが異なるだけでなく、公開・再利用に関する条件も異なる場合があります。
論文を読む、引用する、機関リポジトリに登録するといった場面では、その論文がどのバージョンなのかを意識することが大切です。



