インタビュー:高エネルギー加速器研究機構・諏訪田 剛先生(Instruments誌優秀査読者賞)
- 2 日前
- 読了時間: 8分

MDPIは、迅速な出版プロセスを実現する一方で、科学的厳密さと研究の信頼性を重視しています。その両立を可能にしているのが、日々誠実に査読に取り組んでくださる査読者の皆さまのご協力です。
MDPIの「優秀査読者賞(Outstanding Reviewer Award)」は、投稿された論文に丁寧に目を通し、徹底した専門的評価を行いながらも、迅速なフィードバックを提供してくださった査読者に贈られる、各ジャーナル年次の表彰制度です。前年度にご活躍いただいた査読者の中から、特に顕著な貢献を示された方が選出されます。
今回は、Instruments誌にて2025年度の優秀査読者賞を受賞された、高エネルギー加速器研究機構(KEK)加速器研究施設(2026年7月~関西光量子科学研究所 量子応用光学研究部)の諏訪田剛先生にお話を伺いました。
1. 先生は長年、電子・陽電子加速器におけるビーム診断と計測装置の研究開発に携わってこられました。加速器研究において、ビームを正確に測定する技術はどのような役割を果たしているのでしょうか。専門外の読者にも分かるようにお聞かせください。
KEKでは高エネルギー加速器という巨大な装置を利用して、3つのキーワード「宇宙、生命、物質」の謎を解き明かすために全国の大学の研究者と共同研究を行っています。研究テーマに応じて様々な荷電粒子を加速する加速器が用いられます。生命分野では、高輝度な光を照射することにより数多くのタンパク質や遺伝子の分子構造がわかってきました。この成果は生命とは何かという大きな謎に迫るだけでなく、難病に対する創薬への期待が大きいです。高輝度な光を生み出す加速器は放射光加速器と呼ばれています。
2008年素粒子物理学における「CP対称性の破れの起源の発見」によりKEKの小林誠名誉教授と京都大学の益川敏英名誉教授にノーベル物理学賞が授与されました。先生方の研究は理論的研究ですが、この理論を実験的に検証することに貢献した実験的研究がKEKで行われたBファクトリー計画です。この加速器を使って電子と陽電子を正面衝突させて生じる様々な素粒子反応が調べられ、粒子と反粒子の性質にわずかな違いがあることがわかりました。これは宇宙誕生の謎に迫るもので、この成果がノーベル物理学賞へと繋がりました。
ここでビーム診断と計測装置の研究開発に話を移すことにしましょう。KEKにあるいずれの加速器も巨大で高エネルギーまで荷電粒子が加速されます。例えばBファクトリー計画で用いられるリング加速器の周長は3キロメートルです。電子と陽電子は電子陽電子線形加速器を用いて高エネルギーまで加速されリング加速器に入射されます。電子と陽電子を長距離に渡り安定して輸送するには、常にビームの状態を監視する必要があります。
加速器の中ではビームは様々な要因で安定な状態を保持することは容易ではありません。尖った山の頂上にいる状態を想像して見てください。安定な領域はごく僅かです。少しでも足を動かし踏み外しますと落下してしまいます。ビームの輸送途中は常にこのような状態が続き僅かな安定領域を輸送させなければなりません。このことは正に赤ん坊がいつ泣き出してもおかしくないという状態とも比喩されます。
このように多数の箇所で四六時中常にビームを診断し、今どのような状態にあるのかを監視していなければなりません。さらに様々な角度から診断しないといけません。赤ちゃんの顔の表情だけでは情報不足です。手や足の動き、眼の動きなどあらゆる動きを瞬時に読み取らなければなりません。ビーム診断にも同じことが言えます。ビームの様々な状態を監視するために様々な計測装置を設置しておく必要があります。また瞬時のビームの変化も見逃さないように高速の計算機に接続し高速にデータを取得する必要があります。このように高エネルギー加速器におけるビーム診断の役割は長距離に渡るビームの加速輸送の安定化を支える無くてはならないもので、いわゆる縁の下の力持ちという役割を担っています。
2. Instruments 誌のインタビューでは、近年、高エネルギー電子・陽電子加速器から低エネルギーイオン加速器へ研究対象を移されたとお話しされています。この転換の背景と、現在取り組まれているビーム診断・計測装置の研究について、詳しく教えてください。
本年3月末でKEKを定年退職し、研究の場を関西光量子科学研究所に移しました。現在は本研究所にあるレーザー駆動イオン加速器のビーム診断装置の開発研究を行っています。将来的にはガン治療用の小型イオン加速器を目指すものです。医療用ということでこれまで以上に高精度なビーム診断技術が求められています。
3. これまでの研究生活の中で、計測装置や診断技術の開発によって、それまで観測できなかった現象が明らかになった経験があれば教えてください。また、測定できるようになることが、研究の進展にどのような影響を与えるのでしょうか。
ビーム診断技術の開発には大別して以下のような開発が求められます。
(1) ビームデータを取りこぼす事なく、全てのビームデータを高速で常時取得すること
(2) 必要があればこれまで以上に高精度に計測すること
(3) これまで計測が困難であったビーム診断が可能になること
項目(3)に関し、現役時代に成果が出ましたので紹介します。陽電子は正の電荷をもった電子です。電子の反粒子とも呼ばれます。陽電子は自然界には存在しないので人工的に生成しなければなりません。
重金属標的に高エネルギーの電子を照射すると金属の中で陽電子が生成されます。この陽電子を取り出せば良いわけです。陽電子とほぼ同時に電子も生成され、しかもほぼ等量で標的背面から出てきます。電子は負電荷を持ち、陽電子は正電荷を持つのでビーム診断装置はこれを電気的に中性のビームとして観測します。この中性ビームの観測はビーム診断装置にとって非常に困難なのです。
そこで私は診断装置に工夫を加えました。陽電子と電子はほぼ同時に生成されることに着目しました。この”ほぼ同時”と言う用語がキーワードになります。この現象をさらに近づいて観測するとほぼ同時ではなく、電子と陽電子の走行に時間差があるかもしれません。これは2台の縦列に接近した車を遠くから眺めるとほぼ同時ですが、近づくと僅かに離れていることが容易にわかります。このように電子と陽電子の僅かな走行時間差が見えるような電子回路の改良を行いました。この改良により計測される信号の乱れは大幅に低減され、電子と陽電子の僅かな走行時間差を計測することができました。この結果、わずか30ピコ秒の時間幅の電子と陽電子が100ピコ秒離れて走行していることがわかりました。これは誰も成し得なかった世界初の成果です。
陽電子生成標的直後の約20mの区間はこれまで全く観測困難な領域でしたが、本成果により電子陽電子の輸送途中の挙動が初めて明らかになりました。このことにより陽電子ビームの安定化条件がより明確になりました。このように加速器におけるビーム診断の役割は各種実験を長時間に渡り安定にビームを供給するための技術であるとも言えます。
4. 計測装置に関する論文を査読する際、測定原理、装置の性能、誤差の評価、結果の再現性などについて、特に重視されている点を教えてください。
査読者の立場としては、どの項目を重視していると言うことはありません。論文により測定原理を強調した論文もあるでしょうし、装置の性能を強調した論文もあります。もちろん誤差の評価も重要です。いずれの項目でもビーム診断技術として重要です。私が最も重要視する点は、論理が明確であること、わかり易い表現をしていることです。もちろん上記で記述した項目(1)-(3)を強調する論文である必要がありますが。
5. 装置を開発したという技術的成果を、他の研究者にも価値のある学術論文として提示するためには、どのような情報や考察が必要でしょうか。計測・装置分野の論文を執筆する研究者への助言もお聞かせください。
論文の投稿はもちろんですが、できる限り数多く発表の機会を捉えて自身の成果を発表することです。国内であれば、日本物理学会や日本加速器学会などがあります。国際会議も数多くありますので積極的に参加し発表し、同業者の意見をよく聞くことが肝要かと思います。
6. 先生は高エネルギー加速器研究機構を定年退職された後も、関西光量子科学研究所で研究を続けていらっしゃいます。長年培われた技術や知見を次の世代にどのように伝えていきたいとお考えですか。また、加速器・計測分野を目指す若手研究者や技術者にメッセージをお願いいたします。
KEKに入所した時は、右も左もわからずまずは人まねから入るわけです。人まねで得られた成果を国際会議で何度か発表しましたが、誰も見向きもしてくれませんでした。その代わり新しい発想に基づいた発表は人集りです。何度かこのような事があり、ある時、もう人まねはしないと心に決めました。その時以来、寝る時以外は四六時中自分の構想を考えるようになりました。また反面教師として人の論文もよく読むようになりました。
要は人の話をよく聞き、それを自分でよく咀嚼して自分の頭で考え、再構築する事が肝要である、と言う事です。このことは誠に月並みではありますが、AI時代においても色褪せることのない肝要なことだと思っています。


