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「知識のコスト」を誰が支えるのか:International Open Access Week 2026と日本の即時OA

  • 1 日前
  • 読了時間: 8分


毎年10月に開催されるInternational Open Access Week(国際オープンアクセス・ウィーク)をご存じでしょうか。


International Open Access Weekは、オープンアクセスをめぐる課題や取り組みについて、研究者、大学、図書館、出版社などが世界各地で考え、議論する国際的な週間です。


2008年にSPARCと学生団体によって始まり、現在はSPARCとOpen Access Week Advisory Committeeによって運営されています。2026年は10月19日から25日まで開催されます。


今年のテーマは「知識のコスト(The Cost of Knowledge)」です。


オープンアクセス(OA)とは、学術研究の成果にオンラインで無料かつ即時にアクセスでき、利用・再利用できるようにする考え方です。研究成果をより広く共有することで、研究の進展だけでなく、教育、医療、産業など幅広い分野で知識を活用できる可能性が広がります。


一方、研究成果へのアクセスをオープンにすれば、学術情報をめぐる問題がすべて解決するわけではありません。


2026年のテーマは、まさにその先にある問題を問いかけています。



2026年のテーマ「知識のコスト」が問いかけるもの


私たちは、研究成果を生み出し、それを共有するためにさまざまなコストを負担しています。

分かりやすいのは、学術誌の購読料やAPC(Article Processing Charge、論文掲載料)でしょう。しかし、International Open Access Weekの公式声明が今年の「コスト」として挙げているものは、それだけではありません。


著者、査読者、編集者が学術出版に費やす時間と労力。知識の生産や共有に参加できる人とできない人の間に生じる格差。研究成果が研究者本人の同意や対価なしにAIの学習に利用される問題。データセンターが消費する電力や水などの環境負荷も含め、財政的、人的、環境的なコストを幅広く考えるよう呼びかけています。


今年のテーマには、もう一つ重要な視点があります。


公式声明は、知識をめぐる統合と商業的支配の拡大に伴うコスト、特に公共の利益ではなく私的な利益によって生じるコストについて考えることを求めています。2025年のテーマ「Who owns our knowledge? 」が知識の商業的所有を問いかけたのに対し、2026年は、その状況によってどのようなコストが生じているのかへと議論を進めています。


つまり、今年問われているのは、単純に「学術出版にはお金がかかる」という事実ではありません。


そのコストはなぜ生じているのか。誰が負担し、誰が利益を得ているのか。そして、知識を生み出し、共有し、維持する現在の仕組みは、それを利用する研究コミュニティや社会の利益にかなっているのか。


「知識のコスト」という短い言葉には、かなり多くの問いが含まれています。



オープンアクセスになれば「コスト」がなくなるわけではない


オープンアクセスは、読者が研究成果にアクセスする際の障壁を下げます。しかし、論文を査読し、編集し、出版し、オンラインで提供し、長期的に利用できる状態を維持するための費用そのものがなくなるわけではありません。


問題は、その費用をどのような仕組みで支えるかです。


購読型ジャーナルでは、主に大学図書館や研究機関などが購読料を支払います。一方、Gold OAのうちAPC型では、著者やその所属機関、研究費などがAPCを負担することで、出版された論文を誰でも読めるようにしています。著者にも読者にも料金を課さず、大学、研究機関、学協会、公的資金などによって支えられるDiamond OAもあります。


出版社のビジネスモデルとは別に、著者最終稿などを機関リポジトリや分野別リポジトリで公開するGreen OAという経路もあります。


それぞれ仕組みは異なりますが、どの方法でも、研究成果を公開し維持するために必要な費用や人的資源が完全になくなるわけではありません。


APC型のOAについても、APCの上昇や、十分な研究費を持たない研究者にとって出版費用が負担となりうることなどが課題としてあります。今年のInternational Open Access Weekの公式声明が、購読料と並んでAPCの高騰を明示的に取り上げていることは、この点でも象徴的です。


一方、従来の購読モデルからOAへ移行する過程では、機関が購読料を負担しながら、所属研究者が別途APCを支払う状況も生じてきました。こうした費用構造を整理し、「読むための費用」と「出版するための費用」を包括して扱おうとする仕組みの一つが、Read & Publishなどの転換契約です。


OAを進めることは、単に費用をなくすことではなく、誰がどのような形で支えるのかを組み替えることでもあるのです。



日本でも「知識のコスト」は現在進行形の課題


この問題は、日本にとっても遠い話ではありません。


統合イノベーション戦略推進会議が2024年2月16日に決定した「学術論文等の即時オープンアクセスの実現に向けた基本方針」では、公的資金のうち、2025年度から新たに公募される対象の競争的研究費を受給する研究者等に対して、その研究費による査読付き学術論文と根拠データを、学術雑誌への掲載後、即時に機関リポジトリ等の情報基盤へ掲載することを求めています。


興味深いのは、この基本方針がOA化だけを目標としているわけではないことです。


基本方針は、大学等における「利用可能な雑誌数や論文発表数を減らすことなく、かつ、研究活動に負の影響を与えることなく」、購読料と「オープンアクセス掲載公開料(APC)」を含む日本全体の経済的負担を適正化することを理念として掲げています。


日本でも、研究成果をオープンにすることと、そのための費用をどう支えるかは、一体の問題として考えられていることが分かります。


大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)は、2026年3月23日に「JUSTICE活動指針2026」を公表しました。それまで購読モデルからOA出版モデルへの転換に向けた道筋を示してきた「JUSTICEのOA2020ロードマップ」は、2026年3月をもって役割を終えました。この経緯は、JUSTICEの概要ページでも説明されています。


新しい活動指針では、特定の契約モデルに偏ることなく、購読契約モデルやOA出版契約モデルなど、できる限り多様な選択肢を会員館へ提供する姿勢が示されています。


JUSTICE活動指針2026」の付録「日本における転換契約の現在地-R&Pを中心とする現状の分析と評価-」では、転換契約によってOAとして出版される論文が増え、導入機関の多くで購読費とAPCの合計額が抑制されるなどの効果が認められています。


その一方で、付録は「現状の転換契約によって学術情報流通のトータルコストが縮減しているとは言い難い」とも評価しています。契約モデルが変わっても支出構造に大きな変化がないことや、大学図書館の事務負担などが課題として挙げられています。


2026年8月31日に公表されたJUSTICEの転換契約に関するアンケート調査結果では、回答した428館のうち128館、29.9%が転換契約を締結していました。一方、264館、61.7%は「転換契約は検討していない」と回答しています。


ただし、この数字を転換契約への賛否として単純に読むことはできません。転換契約を検討していない理由として、所属研究者による論文数が少ないことや購読タイトルが少ないことなども挙げられており、機関の規模や研究活動によって必要な契約のあり方は異なります。日本の大学で一つのモデルへの移行が進んでいるというより、それぞれの状況に応じた選択が行われていると見る方が適切でしょう。


なお、この調査でいう「転換契約」は、OA出版の拡大を目的として購読権とOA出版枠を包括した契約を指しており、APC割引のみを提供する契約は含まれていません。


コストは金額だけではありません。転換契約を締結している機関の多くが、次年度以降の継続に向けた予算調整や、著者からの問い合わせ対応を業務上の負担として挙げています。新しい仕組みを導入すれば、それを管理し、研究者へ説明するための人的なコストも発生します。

日本でOAを進めていく上でも、単純に「どの契約がよいか」ではなく、費用、研究者の選択肢、図書館業務、研究成果へのアクセスなどを合わせて考えていく必要がありそうです。



「知識のコスト」を考えるとき、何を見ればよいのか


International Open Access Weekは、特定の答えを提示するための週間ではありません。


2026年の公式テーマでも、それぞれのコミュニティが自分たちの状況に合わせてテーマを捉え、意味のある議論を行うことが推奨されています。


研究者の立場であれば、「自分の研究成果を誰が読むことができ、その公開に必要な費用を誰が負担しているのか」「自分の研究費には即時OAの要件があるのか。所属機関ではどのようなOAの選択肢を利用できるのか」と考えることができます。


大学や図書館の立場では、「購読料とAPCを合わせたとき、研究成果へのアクセスと発信にどれだけの費用がかかっているのか」「OA契約によって、OA論文数だけでなく費用や業務負担はどう変化したのか」という視点があります。


出版社にも問いがあります。「研究コミュニティが負担する料金と、提供する出版サービスとの関係を十分に説明できているか」「研究成果へのアクセスを開くことと、査読、編集、出版、保存などの仕組みを維持することを、どのような費用構造で両立させるのか」という問いです。


立場によって見えるコストは違います。しかし、特定の立場の負担だけを見るのではなく、学術情報流通全体の中で費用と利益がどのように配分されているのかを見ることは、今年のテーマを考える上で重要でしょう。



International Open Access Weekを議論のきっかけに


International Open Access Week 2026の公式サイトでは、各地でのイベント開催や#OAWeekを使った情報発信が呼びかけられています。今年のテーマを各地域の状況に合わせて議論することも推奨されており、2026年テーマの日本語版公式グラフィックも公開されています。


日本では、即時OA方針が実際に動き始め、転換契約をはじめとするOA出版の仕組みについても検証が進んでいます。


研究成果へのアクセスを広げることには、研究コミュニティや社会にとって大きな意味があります。一方で、そのための仕組みをつくり、維持するには費用や労力が必要です。


では、そのコストを誰が、どのような形で支えるのがよいのでしょうか。そして、その仕組みによって誰が利益を得るのでしょうか。


International Open Access Week 2026は、オープンアクセスを進めるか、進めないかだけではなく、知識を生み出し、共有し続ける仕組みそのものについて改めて考える機会になりそうです。

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