インタビュー:東京大学・鴨頭 輝先生(Audiology Research誌優秀査読者賞)
- 5 日前
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MDPIは、迅速な出版プロセスを実現する一方で、科学的厳密さと研究の信頼性を重視しています。その両立を可能にしているのが、日々誠実に査読に取り組んでくださる査読者の皆さまのご協力です。
MDPIの「優秀査読者賞(Outstanding Reviewer Award)」は、投稿された論文に丁寧に目を通し、徹底した専門的評価を行いながらも、迅速なフィードバックを提供してくださった査読者に贈られる、各ジャーナル年次の表彰制度です。前年度にご活躍いただいた査読者の中から、特に顕著な貢献を示された方が選出されます。
今回は、Audiology Research誌にて2025年度の優秀査読者賞を受賞された、東京大学医学部附属病院 耳鼻咽喉科・頭頸部外科の鴨頭 輝先生にお話を伺いました。
1. このたび、Audiology Research誌のOutstanding Reviewer Awardを受賞されました。受賞を知った際のご感想をお聞かせください。
査読は、普段、目に触れられる事の少ない、地味だけれども責任の大きい作業です。今回のご連絡を頂いた際、最初に浮かんだのは、嬉しさよりも、ちゃんと見て下さっている人がいたのかという驚きでした。同時に認識したのは、これまで自分の論文原稿を丁寧に見て下さった、数え切れない程の査読者の先生方の存在です。査読は一方通行の作業ではなく、コミュニティ全体で回り続けている物だと、この受賞を通じて改めて実感しました。
2. 先生は、難聴や中耳炎の診療に加え、めまいや平衡機能障害にも取り組んでいらっしゃいます。聴覚と平衡感覚にはどのような関係があり、両方を調べる事が重要なのはなぜでしょうか。
蝸牛(聴覚)と前庭(平衡感覚)は、解剖学的にも発生学的にも近い関係にあります。また、リンパ腔という環境を共有し、共通の血流動態の影響を受けています。そのため、難聴やめまい・平衡障害の病態は、蝸牛と前庭の双方に跨がって現れる事がしばしばあり、片方に起きた変化が、もう片方にも影響を及ぼす病態も少なくありません。
臨床の現場では、めまいを主訴とする患者さんの背景に潜む難聴や、逆に、難聴のある患者さんが自覚していない平衡機能の低下を見逃さない事が重要です。聴覚と平衡機能の両者を包括的に評価する事で、より精度の高い診断に繋がるだけでなく、患者さんのQOLの維持にも繋がると考えています。
3. 先生は人工内耳手術にも携わっていらっしゃいます。人工内耳によって可能になる事や、治療後も残る課題について、一般の方にも分かりやすく教えてください。
人工内耳は、補聴器では十分な効果が得られない高度・重度の感音難聴の方に対して、蝸牛内に電極を挿入し、神経を直接電気刺激する事で、音の感覚を取り戻す装置です。生まれつき聴覚の無いお子さんが、言葉を覚え、音のある生活が送れるようになる。長年聴力を失っていた方が、家族の声や電話の音を再び認識できるようになる。これは何物にも代えがたい変化です。
ただ、手術は、治療のゴールではなく、そこからが本当のスタートです。人工内耳の音入れ後の機器調整(マッピング)や言語聴覚士によるリハビリテーションを重ねながら、本人の脳がその新しい聞こえ方に慣れていく時間も必要です。ご家族・言語聴覚士・医師を含めたチームで長く付き合っていく治療です。装用後のリハビリテーションと、患者さん毎の生活環境に合わせた細かい調整が、満足度を大きく左右します。電気信号による聞こえは、自然な音とはかなり異なるため、音の認識には、かなり大きな個人差があります。また、残存聴力、電極挿入に伴う前庭機能への影響、長期的な機器のメンテナンスやアップグレードなど、解決すべき問題は、数多く残されています。
4. 騒音や加齢に伴う難聴をはじめ、現在特に力を入れている研究について教えてください。また、その成果は将来の難聴予防や治療にどのように繋がるとお考えでしょうか。
現在は、基礎と臨床の両面から研究を進めています。
基礎分野では、蝸牛培養細胞株やマウスのモデル等を用いた、難聴の予防や回復に効果のある薬剤の探索や、細胞生物学的な解析を行っています。ミトコンドリアにおける代謝に焦点を当て、騒音や加齢による聴覚障害のメカニズム、特にエネルギー代謝の破綻がどのように細胞死に至るかを解析しています。将来的には、不可逆的な障害に至る前の予防的介入の標的や、病態に合わせた個別化治療の指針となる事を目指しています。
臨床分野では、特にめまい・平衡分野において、前庭機能評価はもちろんの事、心的ストレス・自律神経機能・食事に関連するQOLなど、さまざまな側面から患者さんの状態を把握し、症状改善に役立てられる指標の探索を行っています。また、患者さんの職業や基礎疾患などの背景にも着目し、めまい・平衡障害との関連についても検討しています。さらに、近年は、機械学習や大規模言語モデルなどの新しい技術も取り入れ、臨床データから前庭機能障害を予測する手法についても研究を進めています。こうした多面的な評価を通じて、めまい・平衡障害の病態をより深く理解し、患者さん一人一人に適した診療に繋げて行く事を目指しています。
5. 論文の査読を行う際、研究のどのような点を特に重視されていますか。また、著者にとって有益な査読コメントにするために心掛けている事があれば教えてください。
最も重視しているのは、研究が何を目的として行われたかという方向性、結果の再現可能性、そして、研究の文脈におけるデータの適切さです。特に近年は、様々なソフトウェアの活用が一般化していますが、それらがどのように選択・使用され、結果にどう影響したかの評価は、重要な確認事項だと考えています。
コメントを作成する際は、単に不備を指摘するだけでなく、なぜその解析が必要なのか、どのような追加データがあれば論文の文脈や整合性が強化されるのかといった、研究の目的をより明確にするための具体的な補完点を提示するよう心がけています。
また、臨床家として、明日から診療で使えるか、という視点も持つようにしています。良い研究では、限界や適用範囲まで含めて丁寧に書かれており、その先に患者さんの問題解決への糸口が示唆されるものです。
6. 聴覚医学や耳科学の今後の発展に向けて、どのような研究がさらに必要だとお考えでしょうか。また、この分野を目指す若手研究者や臨床医へのメッセージをお願いします。
聴覚医学は、細胞生物学・工学・リハビリテーションなど、非常に幅広い領域をカバーしています。今後は、こうした幅広い知識を統合し、個々の患者さんの生活背景まで含めて考える、総合的な診療・研究がますます求められると思います。
まず大切なのは、患者さんと検査結果に誠実に向き合う事です。従来の医学の知識では説明のつかない症例、そして、既存のガイドラインには収まりきらない症例に出会った時、その違和感を大切にして欲しいと思います。それが、新しい発見の入り口になり、やがては教科書を書き換えるような知見に繋がるかもしれません。もちろん、最終的には、それを患者さんの問題解決への糸口に繋げていく事が目標です。
これから、この分野を目指す若手の研究者や先生方には、一人で完璧な研究をしようとしなくていい、とお伝えしたいです。研究は一人ではできません。外来で感じた小さな違和感は、技師さんや看護師さん、医療スタッフ、他科の先生など、周囲の誰かも、意外と同じように感じているものです。それを言葉にして共有し、一緒にデータを集めていく。そうした地道な共同作業の積み重ねが、結局は、一番遠くまで研究を推し進める原動力になるのだと、査読を通じて多くの先生方の論文に触れる中でも、そう実感しています。

