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オープンアクセスをめぐる現実②:制度だけでは動かない大学組織

  • 1 日前
  • 読了時間: 4分

オープンアクセスをめぐる制度整備は、ここ数年で大きく進みました。


転換契約、研究データ管理(RDM)、機関リポジトリ、研究成果公開――。大学や研究機関では、多くの対応が進められています。


しかし実際の現場では、制度だけでは説明できない意思決定も少なくありません。


複数の大学図書館や研究支援部門の方々と話していると、そのことを強く感じます。


研究者側から見ると、出版社選びはかなり実務的です。


査読速度、分野適合性、Special Issue(特集号)の有無、投稿のしやすさ、国際的なVisibility、研究費の執行タイミングなど、研究者は、非常に現実的な条件の中で投稿先を選んでいます。


一方、大学図書館や研究支援部門では、また別の観点が重要になります。


契約管理、予算、学内説明責任、組織リスク、出版社の評判、学内合意形成。特に大規模大学では、「組織としてどう見えるか」が重視される場面も少なくありません。


つまり、同じ「オープンアクセス」を見ていても、立場によって見えているものが違うのです。


このズレは、出版社への評価にも現れます。


大学によっては、「特定出版社への支援はしない」という方針が語られることがあります。


ただ、実際には、転換契約を結んでいる出版社は存在し、研究者も日常的に論文を投稿しています。そこには、歴史、ブランド、国際的なポジション、研究者コミュニティ内での評価、学内政治など、多数の要素が絡んでいます。


興味深いのは、その判断基準の多くが明文化されていないことです。


どの出版社なら安心なのか。どこまでなら組織として推奨しやすいのか。どの契約なら学内説明がしやすいのか。


こうした判断には、制度や契約条件だけでなく、かなり多くの暗黙知が入り込みます。


私は以前、外資系企業で働く中で、日本企業や大組織には強い暗黙知文化が存在すると感じていました。


「何が評価されるのか」

「どこまで踏み込んでよいのか」

「どのブランドが安全なのか」


が、明文化されないまま共有されているのです。


あらためて、大学図書館の世界にも、かなり似た構造があることを実感しました。


もちろん、これは大学図書館に限った話ではありません。どんな組織にも、制度だけでは説明できない文化やヒエラルキーは存在します。


ただ、オープンサイエンスやオープンアクセスは、「透明性」や「公開」を理念として掲げることが多いため、その背後で実際には非常に人間的で、組織的で、暗黙知的な判断が行われていることが、少し興味深く感じられました。


さらに面白いのは、「評判」と「実態」が必ずしも一致しないことです。


ある出版社について、「評判が悪い」と言われる一方で、多数の研究者が実際には投稿している、というケースも珍しくありません。


そこには、査読速度、研究評価制度、分野文化、国際競争、研究費の制約など、極めて現実的な理由が存在します。


つまり、オープンアクセスをめぐる世界は、「理念」だけでも、「評判」だけでも動いていません。


最近は、転換契約やRDM支援、研究データ公開など、制度面の整備が大きく進んでいます。もちろん、それ自体は重要な変化です。


ただ実際には、制度よりも難しいものがあります。


それは、組織文化です。


誰が決定権を持っているのか。どのような不文律が共有されているのか。何が「安全」だとみなされるのか。


こうしたものは、契約書やガイドラインには書かれません。しかし現実には、制度の運用や意思決定に非常に大きな影響を与えています。


しかも組織文化は、誰かが「変えよう」と思ったからといって、すぐに変わるものではありません。


制度は比較的短期間で変更できます。しかし、その制度をどう解釈し、どう運用するかという感覚は、長い時間をかけて組織内に蓄積されていきます。


だからこそ、同じ制度を導入しても、大学ごとにまったく違う運用や温度差が生まれるのだと思います。


オープンアクセスをめぐる議論では、制度や理念に注目が集まりがちです。


しかし実際の現場では、組織文化、評判、暗黙知、立場の違いなど、多数の要素が複雑に絡み合っています。


そして、それらの多くは、契約書やガイドラインには書かれていません。


制度設計そのものよりも、その制度が「どのような組織文化の中で運用されるのか」を理解すること。それが、現場との対話を始めるうえで重要なのかもしれません。

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