研究成果を国際的に届けるために──国際共著と研究ネットワークの視点から
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研究成果を国際的に届けるうえで、投稿先の選択は重要です。どのジャーナルに投稿するか、どの読者層を想定するか、論文がどのデータベースに収載されるかは、研究成果の可視性に関わります。
しかし、論文がどれだけ読まれ、引用され、次の研究につながるかは、投稿先の指標だけで決まるわけではありません。誰と研究し、どの研究ネットワークの中で成果を発信するかも、研究成果の届き方に影響します。
たとえば、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)「科学技術指標2025」では、国際共著論文を国ごとの貢献分に按分して数える分数カウント法で、日本の論文数は世界第5位とされています。一方、注目度の高い論文を見ると、Top10%補正論文数では第13位、Top1%補正論文数では第12位とされています。
これは、日本が多くの研究成果を生み出している一方で、その成果を国際的に広く読まれ、参照される形で届けることには、なお課題があることを示しています。
近年、日本でも国際共著論文の重要性が繰り返し議論されています。ここで大切なのは、「国際共著を増やせばよい」と単純に考えることではありません。むしろ、日本の研究環境には国内で研究を進めやすい強みがあり、その強みがあるからこそ、国際的な接点を意識的に設計する必要がある、という点です。
日本の研究環境は、国内で完結しやすい強みを持っている
日本には、国内学会、研究会、大学院教育、企業との共同研究、研究費制度、日本語での専門的な議論の場があります。多くの分野で、国内だけでも研究コミュニティが成立し、研究者同士の関係を築くことができます。
これは、日本の研究環境の強みです。母語で高度な議論ができ、国内の研究者と継続的につながり、学会や研究会を通じて成果を共有できることは、研究活動の安定性を支えています。
一方で、国内の研究コミュニティが豊かであることには、別の側面もあります。国内で研究活動が十分に成立するほど、海外の研究者と接続する必然性は相対的に弱くなります。英語圏や欧州の一部の国では、研究コミュニティそのものが国境を越える前提で成り立ちやすいのに対し、日本では、意識的に海外との接点を作らない限り、研究成果が国内の読者圏にとどまりやすくなる可能性があります。
これは「日本の研究者が国際的でない」という話ではありません。国内で研究が成立しやすい環境があるからこそ、国際的な研究ネットワークへの接続を、個人の努力だけでなく、研究室、大学、研究機関の仕組みとして考える必要があるということです。
日本の国際共著率は高まってきたが、近年は横ばい傾向にある
日本の国際共著論文割合は、長期的には上昇してきました。しかし、近年はその伸びが鈍っています。NISTEP「科学技術指標2025」では主要国別に見ると、英国や韓国では国際共著論文割合の上昇が続く一方、日本、米国、ドイツ、フランスは2020年頃から横ばい傾向にあると整理されています。中国については、2018年を境に低下が続いています。
分野別に見ると、国際共著論文割合には大きな差があります。2023年時点では、物理学が32.8%、環境・地球科学が32.1%と比較的高い一方、化学は22.4%で最も低い水準です。また、2020年頃から、全ての分野で国際共著論文割合が低下していることも示されています。
ここで重要なのは、日本の国際共著が「増えていない」と見るのではなく、長期的には高まってきたものの、近年は伸びが鈍り、主要国との関係の中で次の段階に進む必要がある、と捉えることです。
これは、日本の研究者や大学が国際化に取り組んでいないという意味ではありません。むしろ、取り組みは進んでいます。ただし、世界全体で研究活動の国際化が進む中で、日本の研究成果をどのように国際的な研究ネットワークへ接続していくかは、引き続き重要な課題です。
国際共著は、論文の質ではなく「届く経路」を広げる
国際共著論文は、複数の国や機関の研究者ネットワークを通じて読まれます。そのため、研究成果がより広い読者層に届き、引用される機会も増えやすくなります。
ただし、「国際共著論文は質が高い」と単純に言い切ることはできません。被引用数は、論文の質だけでなく、分野、出版年、論文タイプ、著者数、研究テーマの広がり、研究ネットワーク、各分野の引用慣行にも左右されます。NISTEPも、Top10%補正論文数を分野ごとに算出するのは、分野ごとに引用のされ方が異なるためであり、論文指標は国の科学研究力を一側面から見るものだと説明しています。
つまり、被引用数は論文の価値をそのまま表すものではありません。ただし、研究成果がどの読者層に届き、どの研究ネットワークの中で参照されたのかを考える手がかりにはなります。
国際共著は、注目度の高い論文との関係でも重要な論点です。内閣府の資料では、研究活動の国際化に伴い各国で国際共著論文の割合が増加していること、また主要国のTop10%補正論文における国際共著論文数が大幅に増加していることが示されています。
一方で、日本の国際共著論文数も増加しているものの、主要国と比べると伸びが小さいとされています。
ここで重要なのは、国際共著を単に「論文の質」と結びつけすぎないことです。国際共著は、研究成果がどの国の、どの研究コミュニティに届くかを広げる経路です。論文の価値は、引用数だけで測れるものではありません。しかし、研究成果がどのネットワークを通じて読まれ、議論され、次の研究につながるかを考えると、国際共著は重要な手がかりになります。
英語だけではなく、国際共著には「余白」が必要である
日本の国際共著率が欧米主要国より低い理由として、英語の問題が挙げられることがあります。確かに、英語で研究内容を説明し、共同研究を提案し、継続的に議論することには負担があります。
しかし、問題を英語力だけに還元すると、構造を見誤ります。英語論文の執筆は、英文校正、翻訳支援、生成AIなどによって補える部分が増えています。一方で、国際共同研究を作るための信頼形成は、言語支援だけでは完結しません。
国際共著を開始して継続するには、研究そのもの以外にも、時間的・制度的な余力が必要です。ここでは、その余力を「余白」と呼びます。海外の研究者と出会い、議論し、共同研究の可能性を探り、実際に論文としてまとめるまでには、研究費、研究時間、事務支援、契約、データ共有、研究倫理、著者間調整など、多くの要素が関わります。
研究者本人に十分な時間がなく、研究室や機関に支援体制がない場合、国際共同研究は始める前の段階で負担が大きくなります。研究活動の国際性の低さや、研究者が研究に専念できる環境が十分でないことは、日本の研究力に関わる課題としても取り上げられています。
国際共著を増やすには、研究者に「もっと英語で発信しましょう」と言うだけでは不十分です。研究者が海外の研究者と出会い、議論し、継続的に共同研究を進められるだけの時間、資金、制度、事務支援が必要です。言語は重要な要素ですが、それはより大きな研究環境の一部です。
研究者にできること:大きな国際プロジェクトだけが入口ではない
国際共著というと、大型の国際プロジェクトや、長期の海外滞在を想像しがちです。もちろん、そのような機会は重要です。しかし、国際的な研究ネットワークは、必ずしも最初から大きな共同研究として始まるわけではありません。
国際会議で発表した後に、関心を示してくれた研究者へ短いフォローアップを送る
自分の論文を引用している海外研究者や、自分がよく引用している研究者を把握する
査読コメントや学会での質疑をきっかけに、研究関心の近い相手と意見交換を続ける
オンラインセミナーやワークショップに参加し、共同研究の前段階となる接点を作る
こうした小さな行動も、研究成果が届く経路を広げる入口になります。
重要なのは、「国際共著をしなければならない」と考えることではありません。自分の研究が、国内のどの読者に届いているのか、海外ではどの研究コミュニティに接続し得るのかを考えることです。
論文投稿の段階でも、投稿先の指標だけでなく、想定読者を考えることが大切です。そのジャーナルは、どの国・地域の研究者に読まれているのか。どの分野の研究者が編集委員や著者として関わっているのか。自分の研究成果は、国内の議論に貢献するのか、それとも国際的な議論にも接続し得るのか。こうした視点は、研究成果を「出す」だけでなく「届かせる」ために役立ちます。
大学・研究機関にできること:国際共著を支える実務基盤を整える
国際共著を研究者個人の努力だけに任せると、限界があります。国際共同研究には、研究そのもの以外にも多くの調整が伴うからです。
海外研究者との共同セミナー、若手研究者の短期海外滞在支援、国際共同研究費への申請支援、データ共有、契約、研究倫理、著者間調整、資金管理、OA出版費用の処理など、国際共著にはさまざまな実務コストがあります。これらを研究者が一人で抱えると、共同研究の立ち上げや継続の負担が大きくなります。
大学図書館、研究推進部門、URA、国際部門などは、国際共著を支える実務基盤として重要な役割を担うことができます。
たとえば、海外研究者との共同研究に必要な契約やデータ管理の相談体制を整えること、研究成果の発信方法を支援すること、OA出版費用やAPCの処理をわかりやすくすることは、研究者の負担軽減につながります。
ここで大切なのは、国際共著支援を「英語支援」だけに限定しないことです。論文の英語表現を整える支援も重要ですが、国際共著を継続的に生み出すには、共同研究の入口から成果発信までを支える仕組みが必要です。
研究者が海外の共同研究者と安心してプロジェクトを進められること。研究成果を国際的に発信する際の実務負担が過度に大きくならないこと。こうした環境整備は、研究成果を国際的に届かせるための基盤になります。
国内の強みを保ちながら、国際的な接点を設計する
日本の研究環境には、国内で研究コミュニティが成立しやすいという強みがあります。その強みは、研究の継続性や専門性を支えています。
一方で、研究成果を国際的に届けるためには、国内の研究コミュニティの中だけで完結しない接点を意識的に作る必要があります。国際共著は、そのための一つの経路です。
論文をどこで発表するかは重要です。しかし、それと同じくらい、研究成果がどの研究ネットワークに届くかも重要です。国内の研究基盤を活かしながら、海外の研究者との接点を少しずつ設計していくことが、研究成果を国際的に届かせるための一歩になります。
研究成果を「出す」だけでなく、「届かせる」ために何が必要か。国際共著という視点は、研究者だけでなく、大学・研究機関、図書館、研究支援部門にとっても、これからますます重要な論点になるでしょう。


