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『科学技術指標2026』をどう読むか―データから見る日本の研究の現在地

  • 5 日前
  • 読了時間: 6分



科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は2026年8月、「科学技術指標2026」を公表しました。


「科学技術指標」は、日本の科学技術活動を客観的・定量的なデータから把握するため、NISTEPが毎年公表している基礎資料です。「研究開発費」「研究開発人材」「高等教育と科学技術人材」「研究開発のアウトプット」「科学技術とイノベーション」の5つのカテゴリーについて、約160の指標から日本と主要国の状況を示しています。


2026年版を見ると、日本の主要指標における順位には前年から大きな変化がありません。


一方、その内訳を見ていくと、研究にかかるコストの上昇、世界の論文生産構造の変化、博士課程入学者数の回復など、日本の研究を取り巻く環境が変化していることが分かります。

今回は「科学技術指標2026」の中から、研究活動や学術出版と特に関係の深いデータを取り上げます。



研究開発費は増加。一方、研究にかかるコストも上昇


日本の研究開発費は22.1兆円で、主要国では中国、米国に次ぐ第3位です。部門別では企業が17.4兆円、大学が2.3兆円となっています。2020年から2024年にかけて、企業部門の研究開発費は26%、大学部門では14%増加しました。2020年代に入ってから、日本の研究開発費は増加傾向にあります。


その一方で、2026年版では「研究活動における物価高騰」がコラムとして取り上げられています。


「科学技術指標2026」概要より
「科学技術指標2026」概要より

研究用消耗品では、ヘリウムの2026年1~5月の単価が2010年の8.6倍となりました。人工知能の開発・活用にも関連する計算機資源では、計算モジュールが7.1倍、計算システムが4.7倍、演算部品・アクセサリが3.6倍となっています。


これらは貿易統計から算出された単価であり、個々の研究機関が実際に負担する価格を直接示すものではありません。しかし、名目上の研究開発費が増加する一方で、研究に必要な物品や計算資源の価格も大きく上昇していることは、現在の研究環境を見るうえで重要な点でしょう。


研究開発費の金額だけでは、研究現場を取り巻く状況のすべてを捉えられないことがわかります。



日本の論文数は世界第5位。注目度の高い論文では第12~13位


学術出版に関係する指標として注目したいのが、論文数です。


2022~2024年の平均を見ると、分数カウント法による日本の論文数は年間66,214件で、中国、米国、インド、ドイツに次ぐ世界第5位となっています。


「科学技術指標2026」概要より
「科学技術指標2026」概要より

一方、被引用数が各分野・各年の上位10%に入る「Top10%補正論文数」では世界第13位、上位1%に入る「Top1%補正論文数」では第12位です。中国は論文数、Top10%補正論文数、Top1%補正論文数のすべてで世界第1位となっています。


ただし、被引用数だけで研究の質そのものを評価することには注意が必要です。「科学技術指標2026」でも、これらを「注目度の高い論文」を見るための指標として扱っています。


分野による違いもあります。Top10%補正論文数の世界シェアを見ると、日本では「物理学」と「臨床医学」が他の分野に比べて高くなっています。これに対して、中国では「材料科学」「工学」「化学」のシェアが高く、国によって強みを持つ研究分野が異なることも示されています。


単純な論文数の順位だけでなく、どの分野で国際的な存在感を持っているのかを見ることも、日本の研究活動を考えるうえでは重要です。



世界の研究テーマにも「多極化」の兆し


2026年版で特に興味深いのが、「研究トピックからみる科学研究の多極化の兆し」と題した分析です。


NISTEPでは、論文をより細かな研究トピックに分け、トピックの「大きさ」と「新しさ」という2つの軸から、「大規模・新規」「小規模・新規」「大規模・継続」「小規模・継続」の4類型に分類しています。


ここでいう「新規」とは、研究内容そのものの新規性を評価したものではありません。各トピックに含まれる論文の出版時期が、世界全体と比較して新しいかどうかを表しています。


「科学技術指標2026」概要より
「科学技術指標2026」概要より

Top10%補正論文について見ると、中国や韓国では「大規模・新規トピック」の割合が比較的高くなっています。また、Top10%補正論文数が上位25位に入る国・地域の中では、イラン、サウジアラビア、中国、シンガポール、パキスタンなどで大規模・新規トピックへの特化度が高いことが示されました。


こうしたトピックへの特化度が高い国ほど、過去10年間のTop10%補正論文数の伸び率も高い傾向が見られます。NISTEPは、中国やグローバルサウス諸国が大規模で新しい研究トピックに集中的に取り組んでいることが、Top10%補正論文数の増加と関係している可能性を指摘しています。


一方、日本は「継続トピック」において相対的に順位が高いという特徴があります。

世界の科学研究は、従来の主要研究国だけを見ていればよい状況ではなくなりつつあります。どの国が、どの研究領域に重点的に取り組んでいるのかという研究テーマの分布そのものにも変化が起きていることが、今回の分析から見えてきます。



博士課程入学者は3年連続で増加。一方、大学教員の高齢化も


研究を担う人材については、明るい変化も見られます。


「科学技術指標2026」概要より
「科学技術指標2026」概要より

日本の博士課程入学者数は2003年度をピークに長期的な減少傾向が続いていましたが、2023年度から3年連続で増加しました。2025年度は前年比3.0%増の約1.6万人となっています。専攻別に2022年度からの変化を見ると、人文科学系を除くすべての分野で入学者が増加しています。


修士課程から博士課程への進学率についても、長期的には低下してきましたが、2019年度を境にわずかながら上昇傾向に転じ、2025年度には10.7%となりました。


ただし、その先にある大学の研究人材を見ると、別の課題も見えてきます。


大学の本務教員については、人文社会科学、理工農学、保健などすべての学問分野で25~39歳の教員割合が徐々に低下し、50歳以上の割合が上昇しています。教員数が増えている保健分野でも、25~39歳の若手教員数はおおむね横ばいで、40歳以上の教員が増加しています。


博士課程への入口では回復の兆しが見られる一方、その先の大学研究者の年齢構成には長期的な変化が続いています。研究人材の状況を見る際には、学生数だけでなく、その後の研究キャリアまで含めて考える必要がありそうです。



一つの順位だけでは見えない日本の研究の現在地


「科学技術指標2026」では、日本の主要な指標における順位は前年からほぼ変わっていません。


しかし詳しく見ていくと、研究開発費が増える一方で研究資材や計算資源の価格が上昇し、世界では論文生産の規模だけでなく研究トピックの分布にも変化が起きています。日本では博士課程入学者数が回復し始める一方、大学教員の高齢化という長期的な変化も続いています。


こうした動きを「日本は何位か」という一つの数字だけで評価することは難しいでしょう。


NISTEP自身も、「特定の指標だけでなく、指標全体を俯瞰的・総合的に捉えることによって、我が国の科学技術・イノベーションの現状を把握することが重要」としています。


約160の指標を収録した「科学技術指標2026」には、今回紹介したもの以外にも、研究者数、特許、大学と企業の共同研究、科学技術と社会との関係など、多くのデータが掲載されています。


日本の研究環境がどのように変化しているのかを考えるための資料として、関心のある分野からぜひ確認してみてはいかがでしょうか。


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