【Entropy Special Issue】数学と量子情報科学の新たな可能性へ【論文募集中】 |2027年3月1日締切
情報通信技術は、その仕組みや課題を数学的に捉え、理論化することで発展してきました。そして、そこから生まれた新たな課題は、数学そのものにも新しい研究の可能性をもたらしてきました。では、量子情報科学がさらなる発展を遂げるために、これからどのような数学が必要とされるのでしょうか。
こうした背景からEntropy誌においてSpecial Issue「Mathematical Foundation of Quantum Shannon Information Theory」が企画されました。本SIでは、量子Shannon情報理論の数学的基盤をはじめ、発展につながる数理的研究を広く募集しています。
Guest Editorを務める、玉川大学量子情報科学研究所名誉教授・廣田修先生は、本SIを新たな数学や研究テーマが生まれ、次世代の研究者へとつながっていく一つのきっかけにしたいと考えています。企画の背景と、量子Shannon情報理論の発展において数学が果たしてきた役割、そして今後の可能性についてご寄稿いただきました。
[廣田先生にご寄稿いただいた本文を原文のまま掲載いたします]
Special Issue;「Mathematical foundations of quantum Shannon information theory」
Preface
量子Shannon情報理論では、古典情報理論における確率変数や確率分布に対応する対象が、量子状態や作用素、量子チャネルへと置き換わります。そのため、その数学的基盤には、古典的な確率論を超えて、作用素代数、非可換確率論、関数解析などの数学が深く関わることになります。今後、その理論のさらなる発展が期待されています。このような状況に鑑み、本特集号を企画しました。この企画を実施するに当り、従来の情報理論から量子Shannon情報理論への個人的な主観ではありますが、その歴史を最初に解説し、この企画の目標と意義を理解いただくための一助とさせていただきます。
1940年~1960年代は、数学における公理論的確率論の研究と通信技術の開発の間に緊密な交流が始まり、現代通信技術の基盤となる通信理論が誕生しました。よく知られているように、通信の科学において最も重要な要素はノイズであり、その挙動を数学的に記述する理論化は必須となります。数学における公理論的確率理論はその要請に応え、通信におけるノイズを確率過程として捉え、その性質を確率論やフーリエ解析などの数学的手法によって記述・解析する枠組みを提供しています。その成果は通信理論の基盤となり、その上で、通信理論は上記のような数学的に記述されたノイズの効果を最小限にする機構を提供する理論体系の構築へと進化しました。その発展過程において、最適戦略を設計する手法としての数理は統計学の手法を導入しますが、その戦略理論は原点の統計学とは全く異なる操作的意味をもって構築されました。さらに、新しく、数学分野から提供された相関関数理論により、平滑理論や予測理論が通信理論として加わり、レーダーなどの新技術の実用化に貢献することとなった事はよく知られています [1]。
このように、通信技術は厳密に数学的に公式化された通信理論という数理体系を持つ、大きな学問分野に成長しました。通信理論の発展過程において、さらに新しい可能性を提供するShannon理論が加わりました。彼の理論は、通信を情報源・通信路・受信者からなる数学的モデルとして捉え、ノイズの存在下でも誤り確率を任意に小さくできる可能性を数学的に示しました。具体的には、送信信号に対するデジタル化と符号化という新概念が導入され、さらにその符号化の効率を評価する測度として、エントロピーが採用されました。これらは一見、抽象的に見えますが、Shannonの理論によって現在のデジタル情報技術が誕生し、抽象理論が現実社会に貢献することになりました。さらに、逆作用として、通信理論の発展は、離散構造や組合せ論などに関わる数学の発展にも新たな問題を提供しました。このように、数学と通信技術は非常に相性が良いように思われます。
1960年代に入ると、搬送波の周波数帯をマイクロ波領域から光領域へ広げる研究が開始されました。それはレーザーの発明が契機となっています。通信理論によれば、光領域はマイクロ波に比べてはるかに広い帯域幅を利用できる可能性を持ち高速・大容量通信の能力があるため、光領域の通信系は魅力的です。通信工学の分野では、光通信を実現するために半導体レーザー、光ファイバー、光ダイオードの3要素の同時開発が始まり、一方、通信理論の分野では、光の量子効果が通信系にどのような影響があるかの解明が課題となりました。まず、Gaborから始まる光領域での量子ノイズの研究に対して、それらの数理的な理論が必要となり、ここで、再度、数学と通信理論の分野を超えた議論が開始されました。その最初の成果は、Helstromによって量子通信理論として、その骨格が体系化されています[2]。一方、量子通信理論を支える数学の開発がHolevoによって実施され、その成果は彼の著作としてまとめられています[3]。この時期の理論体系は、量子効果がもたらす性能限界の解明の段階にとどまっていました。Yuenは量子状態の制御の概念を導入し、量子効果を活用して通信技術に利益をもたらす最初の事例を提供する事に成功しています[4]。
1990年代に入り、HolevoはShannon型の理論の数学的基盤を構築しました。この成果のまとめが、また著書として出版されています[5]。彼の業績によって、量子通信理論を含む量子Shannon情報理論の数理体系の骨格が完成されと言って良いと思われます。この間に、半導体レーザー、光ファイバー、光ダイオードによる光通信研究は世界の基幹通信技術として現代社会の通信を支えるまでの成功を収めましたが、量子系の理論は技術的・理論的ギャップのため、まだ、光通信研究者に有益な量子利得を示す事ができませんでした。
2000年代に入ると、光通信が成熟したため量子技術の具体的利得が問われる段階に入り、社会から量子系の研究者に対し、現状の光通信への具体的な有益性を提供する事を求める声が大きくなりました。Yuenは、光通信の超高速性、超長距離通信の性能を劣化させることなく量子効果を利用する高速暗号技術である量子ストリーム暗号(Y-00プロトコル)を提案し、実用的暗号方式として初めて通信工学的利得を示し、量子効果を積極的に利用することで通信技術上の利得を得ようとする研究へと展開しました[6, 7]。
このように、量子通信理論やその一般化である量子Shannon情報理論に基づく技術の実社会への応用は少しずつ浸透し始めていますが、まだ本格的な応用の提供には至っていません。今後、新しい応用の可能性を高めるには、数学と通信科学のより親密な交流を通して、量子Shannon情報理論を支えるさらなる高度な数学(作用素代数[8]、量子積分論、量子確率過程論など)の発展が必要不可欠と考えられます。
量子情報科学全般において、数理的な研究に挑戦を続けていらっしゃる研究者の皆さんが、この企画に賛同していただき、論文を投稿してくださることを祈念して巻頭文を閉じたいと思います。
[1] Middleton, D., ``An introduction to statistical communication theory", McGRAW-HILL, 1960
[2] Helstrom, C.W. ``Quantum Detection and Estimation Theory", Academic Press, 1976.
[3] Holevo, A.S. ``Probabilistic and statistical aspects of quantum theory". North-Holland, 1982.
[4] Yuen,H.P., ``Two-photon coherent state of the radiation fields", Physical Review A, 1976.
[5] Holevo, A.S. ``Quantum systems, Channels, Information", Second edition, De Gruyter, 2019.
[6] Hirota, O. ``Quantum Shannon information theory”, Entropy, 2025.
[7]上記文献のビデオ・アブストラクト(暗号理論におけるShannon不可能性定理の解除)
[8] Davies, E.B. ``Quantum theory of open systems”, Academic Press, 1976.
原稿投稿の締切は 2027年3月1日 です。
現在この分野に取り組まれている方はもちろん、新たな数理的アプローチによって量子情報科学の可能性を探究する研究者の皆様からも、広くご投稿をお待ちしています。
廣田先生による量子Shannon情報理論の解説は、Video Abstractでもご覧いただけます。
▶ Video Abstractを見る
Quantum Shannon Information Theory—Design of Communication, Ciphers, and Sensors




