ずんだもんが英語で語る抗体研究-東北大学・加藤幸成教授のYouTube発信

研究成果を伝える手段として、YouTubeなどの動画を活用する研究者が登場しています。
東北大学大学院医学系研究科抗体創薬学分野の加藤幸成先生も、その一人です。先生が運営する「加藤幸成の抗体創薬チャンネル」では、抗体研究に関する論文の解説などを英語の動画で発信しています。
その解説役として登場するのが「ずんだもん」です。ずんだもんは、東北地方を応援するキャラクター「東北ずん子」から派生したキャラクターで、音声合成ソフトを通じて動画のナレーションなどにも広く使われています。
加藤先生のチャンネルでは、このずんだもんを使った会話形式の動画で専門性の高い研究内容をわかりやすく紹介しています。視聴者は海外にも広がり、臨床試験に関する問い合わせが寄せられることもあるそうです。
ところが、先生がYouTubeを始めたきっかけは、意外にも「大学院生が論文を読んでくれない」という悩みでした。学生に研究内容を理解してもらうために始めた動画が、今では世界中の研究者や患者さんにも情報を届けています。
MDPI Japanでは、日本癌学会のブースで加藤先生とお話ししたことをきっかけに、インタビューをお願いしました。動画制作の工夫や海外からの反応、そして研究者自身が情報を発信することについてのお考えを伺いました。
先生は抗体研究に長年取り組まれていますが、現在の主な研究テーマと、その研究の面白さについて、専門外の読者にもわかるように簡単にご紹介いただけますか。
近年、バイオ医薬品の売上の中で抗体医薬品が占める割合は非常に多くなっています。通常のイムノグロブリンG(IgG)だけでなく、二重特異性抗体(BsAb)や小分子化抗体(scFvやnanobody)などのあらゆるフォーマットの抗体が開発され、抗体薬物複合体(ADC)、T細胞誘導療法(TCE)、キメラ型抗原受容体発現T細胞(CAR-T)療法など、抗体を用いた各種モダリティへの応用が活発化しています。特にBsAbとADCの組み合わせ(BsAb-ADC)による臨床応用も盛んになっており、海外のがん関連学会ではBsAb-ADCの臨床治験の演題があふれています。ただ、どの標的分子の組み合わせが良いのか、どのような特性の抗体が良いのかなど、明確な答えが出ていません。さらに、固形がんに対するCAR-T療法については、多くの製薬企業やアカデミア研究者が挑戦していますが、まだ日本ではひとつも上市していません。このように、まだまだ解決しなければならない問題は多いと感じていますが、私の研究室では、競争が激化しているモダリティ開発ではなく、最も基本となるモノクローナル抗体の開発にこだわっています。おそらく、バイオ医薬開発においては、モノクローナル抗体の開発は最も地味な作業なのですが、抗体作製の奥深さを日々感じています。
東北大学ではこれまで、がん細胞に特異的な抗体(CasMab®;キャスマブ)の開発に集中してきました。抗体をどのモダリティに応用する際にも、常に正常組織への毒性が懸念されますが、がん細胞のみに高発現している分子は限られ、理想的な標的分子は枯渇しています。そこで、たとえ正常細胞に高発現していても、副作用のない抗体医薬品が作製できれば、難治性がんに対する治療法の開発が一気に進むと考えました。
正常細胞とがん細胞に発現しているタンパク質の違いを調べてみても、アミノ酸変異や糖鎖構造の差はほとんど見つかりませんが、がん細胞で見られるわずかな構造変化を特異的に認識するCasMabを独自の方法で取得することができるようになりました。乳がんや胃がんで高発現するHER2に対するCasMabを企業導出し、CAR-Tとして米国で臨床治験が2024年1月から始まっていますが、幸いなことに現在までに全く毒性は報告されていません。今後も私の研究室においては、難治性がんに対して迅速かつ高精度にCasMabを作製することを目的として研究開発を進めていきます。
アカデミアでは他に類を見ない医薬品シーズの開発に集中し、製薬企業に移管した後は、製薬企業主導で臨床治験を担当して頂くのが正しい役割分担だと考えています。アカデミアから企業へのシーズ導出は重要な課題ですが、これが最終目標ではありません。シーズを臨床治験に進め、患者さんのもとへ届け、治療法がなく苦しんでいる患者さんを救うことが大切です。今後も、CasMabを次々に開発し、難治性がん克服のために邁進します。
先生のYouTubeチャンネル「加藤幸成の抗体創薬チャンネル」では、抗体研究に関する動画を数多く公開されています。そもそもYouTubeでの情報発信を始められたきっかけは何だったのでしょうか。
最近の大学院生に、原著論文を読むように指導しても、ほとんど読んでくれません。せめて、私の研究室から出している論文だけでも読んでもらいたいのですが、ほとんどの学生が読みません。そこで次に考えたのが、日本語の解説記事です。日経バイオに毎日出ている抗体関連の記事や、一般の新聞に出ている科学関連記事を大学院生に配って読むように伝えるのですが、それでもあまり読んでくれません。抗体の研究を行うために私の研究室に来たのだと思いますが、おそらく、英語か日本語かではなく、論文や記事を読むという習慣がないのだと思います。いろいろと学生の情報源を調べてみると、ほとんどがYouTubeなどの動画を中心としたSNSであることがわかりました。動画の場合は10分が限界とのこと。それならば、毎回の原著論文を10分程度の動画にわかりやすくまとめれば、さすがに視聴してくれるのではないかと考え、「加藤幸成の抗体創薬チャンネル」を始めました。私がだらだらと講演するような感じでは、やはり視聴してくれません。
ここまでやっても勉強してくれないのであれば、もはや打つ手はないので、動画を見ているかどうか、学生に確認する勇気がありません。
先生の動画で特に印象的なのが、英語と「ずんだもん」の組み合わせです。なぜ英語での発信を選ばれたのでしょうか。また、ずんだもんを採用された理由や、その発想に至った経緯を教えてください。東北大学にいらっしゃることも関係しているのでしょうか。
英語での発信は、世界中の人に論文の内容を知ってもらうためです。私たちの抗体はすでに海外での臨床治験に入っています。例えば抗体医薬の最新の情報について、海外の患者さんに知ってもらう必要があります。また、臨床治験を担当する医師にも、研究の内容を理解してもらうため、10分程度の英語の動画にまとめることにしています。
「ずんだもん」を使っている理由は、上記の回答にもある通り、学生さんを意識しているからです。私が講義をするよりも、動画を飽きずに見てもらえるからです。単純な理由です。それも一方的に話すのではなく、会話形式がよいみたいです。さらに軽快な音楽にのってトークをしています。自分の息子たちの意見も採用しています。
チャンネルには海外を中心に多くの登録者がいらっしゃると伺いました。どのような国・地域の方が視聴されているのでしょうか。また、海外の視聴者からの反応で、印象に残っていることがあれば教えてください。
まさに全世界です。アジア圏が多いようです。どこで臨床治験を受けられるか?という質問が直接来ます。その場合は、以下のサイトをご案内しています: https://clinicaltrials.gov/study/NCT06241456?a=2
専門性の高い抗体研究を動画で伝えるうえで、特に工夫されていることはありますか。また、動画の企画や制作はどのように進めていらっしゃるのでしょうか。
とにかくわかりやすく解説することでしょう。ターゲットを誰にするかです。動画ごとにターゲットが異なります。学生なのか、研究者なのか、患者さんなのか、臨床医なのか。
学術研究の成果発信は、現在も論文や学会発表が中心ですが、動画やYouTubeには、それらとは異なる可能性があるとお考えでしょうか。研究者が自ら動画で情報発信することについて、先生のお考えをお聞かせください。
実は、私自身は他人の研究動画をほとんど見ません。参考にもしていません。YouTubeの登録も全くしていません。どちらかというと、学会などで生の講義を聞く方が好きです。学生の意見を毎年聞きますが、生講義が好きな人と、YouTube動画が好きな人に意見がわかれます。よって、あらゆる方向から自分の研究内容を発信する必要があると考えています。少なくとも、繰り返し学習したい人にとっては、YouTube動画はよいみたいです。
いつの時代になっても、原著論文が基本だと考えています。論文を書かずに、学会発表だけする研究者もいますが、それは研究者として間違っています。当然、論文も学会発表もせずに、動画だけで発信することはあり得ないでしょう。
今後、YouTubeチャンネルで挑戦してみたいことや、動画を通じて実現したいことはありますか。また、これから動画による研究発信を始めたい研究者に、アドバイスがあればお願いいたします。
今後も、淡々と研究紹介や薬理学講義の補助資料を作っていきます。薬理学講義シリーズは、医学生のために作っています。試験勉強に役に立つかと思い、自分の講義を録画し、編集をしています。昨年からは予習にも使ってもらっており、講義がわかりやすくなったという意見もあります。
YouTubeの運営について、挑戦も野望も何もありません。実は、様々な研究者からの動画に関する問い合わせがありますが、自分の信じるように活動をすればよいと思います。真似をする必要もありませんし、同じことをやったとしても、しっかりとした目的がなければ、無駄な労力になるのではないでしょうか。どうしても動画を作りたければ、動画制作会社はたくさんあります。予算次第になると思います。
私はYouTubeだけでなく、ホームページ、ブログ、Xなどあらゆる媒体を使って研究紹介をしています。自分に合った方法で発信すればよいと思います。無理をしてはいけません。研究者は、自分の仕事(つまり、研究)に集中するべきだと思います。そして論文を書くことが重要です。あくまで余裕があれば、広報活動をしてみるとよいかもしれません。



