機関名の表記揺れを解消するAPIをMDPIが公開:大学図書館での活用も
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(※本記事はmdpi.comの英文ブログ記事「MDPI's AI-powered ROR Entity Search API: Reliably Mapping Institutions at Scale」を翻訳したものです)
論文の所属情報(affiliation)から、そこに記された機関を大量かつ確実に特定するのは簡単ではありません。機関名の書き方が統一されていないためです。翻訳の仕方が異なる、学部や学科の名称が含まれる、書式が定まっていないなど、理由はさまざまです。メタデータが揃わないと、データ分析やレポーティング、検索での見つけやすさに影響が出るほか、出版プロセス全体の自動化も進めにくくなります。
MDPIは、Research Organization Registry(ROR)が提供する永続識別子「ROR ID」を用いて、AIを活用したROR Entity Search APIを開発しました。表記揺れのある所属情報を、標準化されたROR IDに変換するツールです。
これにより、MDPI全体で正確な分析と、機関を単位とした業務の運用が可能になります。このツールはフリーミアム型のAPIとして、またオープンソースとしても公開しており、どなたでも組み込んで
利用できます。
本記事では、開発の背景と活用例を、MDPIでData Scientist Leadを務めるDiogo Rodriguesのコメントを交えて紹介します。
所属情報の表記は統一されていない
著者と機関を確実に結びつけることは、分析、レポート作成、業務の自動化において欠かせません。しかし所属情報の表記は揺れが大きく、書式、言語、略称の違いによって何十通りにもなります。
たとえば、同じ機関が次のように書かれます。
Laboratory of Physical Chemistry, ETH Zurich, 8093, Zurich, Switzerland
Laboratory of Physical Chemistry, ETH Zurich, Vladimir-Prelog-Weg 2, CH-8093, Zurich, Switzerland
ETH Zurich – Laboratory of Physical Chemistry
Laboratory of Physical Chemistry, ETH Zurich
メタデータが不揃いだと、なぜ問題になるのか。Diogo Rodriguesは次のように説明しています。
「データ分析やAIを用いた業務では、論文について豊富で一貫したメタデータを備えていることが不可欠です。誰が執筆に関わり、どこに所属しているのかという情報も含まれます。機関を正確に特定できれば、信頼できる分析やレポーティング、他システムとの連携が可能になり、身元の確認を通じて研究公正を守ることにもつながります」
ROR ID
Research Organization Registry(ROR)は、コミュニティ主導で構築されたデータセットです。大学、病院、研究所、助成機関など、世界中のあらゆる組織に永続識別子を付与することを目指しています。RORの詳細については、過去記事「いまさら聞けない学術出版用語:RORとは? 大学名があるのになぜ機関IDが必要なのか」もご参照ください。
ROR IDは、研究者に付与されるORCIDや、研究成果に付与されるDOIを補完するものです。レジストリのデータはCC0ライセンスで公開されており、専用のインターフェースから自由に検索できます。
先ほど挙げた4つの所属情報は、実際には2つのROR IDに対応します。
ror.org/00v171g37 — ETH Zurichの物理化学研究室
ror.org/05a28rw58 — ETH Zurich
このようにROR IDは所属情報を把握するうえで有用ですが、大規模に適用するのは難しく、500誌を超えるMDPIのジャーナルとその出版物では特に課題となっていました。
そこでMDPIは、ジャーナルの出版物に対してROR IDの利点をさらに活かす仕組みを開発できないか検討しました。
AIによる解決
Diogo Rodriguesは、AIを用いる意義を次のように述べています。
「AIを使うと、複雑な業務に標準化と一貫性をもたらしながら、関係者がより豊富で質の高いデータにアクセスできるようになります。編集者、査読者、出版社にとっては、業務をより厳密に進め、判断の材料を増やし、提供するサービスの水準を高めることを意味します。
AIはメタデータの曖昧さを減らし、手作業では得にくい、あるいは時間のかかる知見を明らかにします」
これまで所属情報のメタデータに用いられてきた手法は、限られた場面では機能したものの、意味の揺れには対応しきれませんでした。先ほどの4つの表記例が示すように、所属情報の書き方には揺れが多く含まれます。さらに、レジストリへの新しい組織の追加や部局の再編によってすぐに古くなるため、継続的な保守が必要でした。
MDPIには、多様な表記と、絶えず追加される新しい組織の双方に対応できるツールが必要だったのです。
MDPIのROR Entity Search APIとは
Diogo Rodriguesは次のように説明しています。
「正確で拡張性のある所属情報の名寄せが求められていたことが、このツールを開発した主な理由の一つです」
AIを活用したMDPIのROR Entity Search APIは、自由記述の所属情報(例:「Dept. of Physics, MIT, Cambridge, USA」)をRORのレコード(この例ではror.org/042nb2s44)と照合します。
ツールは、一致した機関の名称、ROR ID、国、都市を返します。
利用者は、検索ボックスに自由記述の所属情報を入力するだけです。たとえば投稿の際に著者が所属を自由記述で入力すると、システムが標準化された機関名を提示します。
なお、このツールは所属情報の名寄せを行うものなので、入力できるのは所属情報の文字列に限られます。それ以外を入力した場合、正しく動作しません。

このツールを使う理由
Diogo Rodriguesは、次の点を利点として挙げています。
「このツールの大きな特長は、構成が単純で、機能が分離されていることです。RORのデータは毎月更新され、修正や新しい機関の追加が反映されます。そのため、変更を即座に取り込み、常に最新の組織データで検索できる仕組みが欠かせません。 私たちのツールは、この頻繁に変わるデータセットを保守しやすくするために設計しました。二層構造を採っており、RORのデータを柔軟に扱える表現層と、所属情報の文字列を解釈して最新の表現層に対応づける検索層に分かれています。この分離によって、検索ロジックを変えずに元データだけを頻繁に更新できます。既存のシステムの多くは一体型で、更新の速いRORレジストリに同期させ続けるのが難しくなっています」
最新の情報を提供するだけでなく、MDPIがCrossrefに登録する論文のRORメタデータ項目が充実することで、メタデータの質も向上します。プラットフォーム、助成機関、インデックス機関の間の相互運用性が高まります。
ツールの仕組み
本ツールでは、複数の技術を組み合わせています。
機関名の抽出:所属情報の文字列から、機関にあたる部分を取り出します(named entity recognition)
意味の数値化:取り出した機関名を、意味の近い名称どうしが近い数値になるように変換します(dense embeddings)
近い候補の検索:その数値をもとに、最も近いROR IDの候補を探します(vector search)
この方式により、表記が整っていない情報や、一部が欠けた情報、複数の言語が混ざった情報にも対応でき、機関名の書き方の揺れにも左右されにくくなっています。
本ツールはAPIとして提供しているため、さまざまな業務に組み込めます。Diogo Rodriguesはこう説明します。
「APIとして公開したのは、社内の複数のチームがそれぞれのシステムに無理なく組み込めるようにするためです。用途に応じて2つの検索モードを用意しています。
所属情報の文字列に含まれるROR IDをすべて返すモード。データベースの整備や一括処理に向いています。
入力された文字列に近いROR IDを上位k件返すモード(top-k)。利用者が操作する画面や、候補を提示する機能に向いています。
この2つのモードがあることで、業務内容の異なるチームでも、同じAI検索の仕組みを土台にしながら、それぞれの要件に合わせて使えます」
MDPI社内での活用
このツールは、MDPI社内で1年以上使われています。
MDPIの自社投稿システム「SuSy」に組み込まれ、著者が投稿手続きを進める際に、機関名を標準化するための候補をリアルタイムで表示します。これによってMDPIの論文の所属情報メタデータは、標準化され相互運用しやすいものになっていきます。
Scilitは、MDPIが運営する学術文献の無料集約プラットフォームです。1億2,000万件を超える異なる所属情報を扱っており、APIを組み込んでからは、所属情報と機関識別子の対応づけが20%増え、約6,900万件から9,600万件になりました。プラットフォーム全体で、機関ページに標準化された所属情報が表示されるようになったということです。
また、複数のチームがAPIとツールを使ってダッシュボードやレポートを作成しています。たとえば機関オープンアクセスプログラム(IOAP)では、参加機関の研究成果をこれまでより正確に集計できるようになり、データと分析の質が向上しました。
社外での活用
本ツールは、フリーミアム型のAPIとオープンソースとして公開しているため、社外の利用者もAPI経由で、あるいは自身の環境に組み込んで利用できます。MDPI内にとどまらず学術コミュニティ全体のメタデータの質を高めることを意図しており、オープンな学術基盤への貢献を自社のジャーナル以外にも広げるものです。
社外の利用者にとっての意味を、Diogo Rodriguesは次のように説明します。
「このツールによって、研究者、機関、出版社は大規模な所属情報の分析を、より効率的かつ正確に行えるようになります。 フリーミアム型のAPIでは、大量の所属情報の文字列をまとめて送信し、名寄せされたROR IDを少ない手間で取得できます。あわせて、より深い統合やカスタマイズを必要とする利用者向けに、オープンソースのコードも提供しています。導入の手間は増えますが、運用を細かく制御できます」
大学、図書館、出版社など、機関の名寄せの仕組みを自前で構築する余力のない組織にとっても、活用できる場面があるかもしれません。このAPIを組み込めば、少ない手間で大規模な処理を行えます。
たとえば、目録全体でデータの表記を統一したい図書館であれば、APIを組み込むことで、所蔵・管理している研究成果を公表した機関について、標準化されたROR IDを得られます。
大規模なメタデータの質向上に向けて
AIを活用したMDPIのROR Entity Search APIは、表記の揺れた自由記述の所属情報を標準化されたROR IDに変換し、MDPI内外での正確な分析と、機関を単位とした業務の運用を支えます。
研究に登場する機関を正確に特定することは、信頼できる分析、レポート作成、他システムとの連携に欠かせません。MDPIではこの仕組みを社内の各チームで活用し、曖昧さを減らして、より深い知見を得られるようにしています。さらに、オープンであること、透明性、利用しやすさへの取り組みに沿って、フリーミアム型のAPIとオープンソースの形で誰にでも開かれています。
MDPI ROR Entity Searchの検索ボックスに所属情報を入力すれば、ツールを実際にお試しいただけます。ぜひご活用ください。


