【MDPI研究者訪問】熊本大学 戸田知得先生
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- 8月26日
- 読了時間: 8分
更新日:8月28日

MDPIJapanはこの夏、研究者訪企画を立ち上げました。社内に発足した新規プロジェクトで、研究者の先生方のもとへ直接お邪魔し、研究内容や現場のリアルなお話を伺おうというものです。
海外に本部を置くMDPIでは、日本の研究者の環境や考えを知る機会が限られています。そこでMDPI Japanのスタッフが全国の研究室を訪ね、先生方の生の声を編集部に届けるとともに、その魅力的な研究を記事として紹介するプロジェクトを立ち上げました。
「日本の先生方に直接お会いして意見を伺い、編集部にフィードバックし、もっといろんな方に研究者のリアルをお届けしたい」という思いから生まれたこのプロジェクト。今回は2025年8月29日(金)~8月31日(日)に開催された生命科学 夏の学校でのポスター発表と連動し、熊本大学医学部大学院生命科学研究部の戸田知得先生を訪問しました。
夏の日差しが照りつける熊本大学へ到着。国の重要文化財でもある旧第五高等学校本館(五高記念館)を横目に、戸田先生の研究室へ。
研究テーマは「やせ薬」の開発!?

-戸田先生は、中枢性代謝制御学の研究者(PI)として食欲と糖代謝、その仕組みに挑んでいるとのことですが、どのような研究をされているのでしょうか。
戸田先生:「脳はどうやって食欲や血糖値をコントロールしているのか」をテーマに研究しています。
-ズバリ言ってしまえば、将来的には肥満症や糖尿病の新しい治療薬の開発につながるかもしれない最先端の基礎研究ですね。
戸田先生:最終的なゴールは肥満や糖尿病を治療する薬を作ることです。でも 完璧な薬はまだないんですよね。実際これまでにも食欲を抑える薬や血糖値を下げる薬は色々 開発され、肥満や糖尿病の治療に色々な選択肢が増えてきました。しかし、吐き気や低血糖などの副作用がどうしても出てきます。
-最近話題の某(GLP-1)受容体作動薬(いわゆる「痩せる注射」)では、体重110キロの人が 数ヶ月で70キロ台になるケースも報告されたそうですが。
戸田先生:すごいですよ、驚きました!あれは食欲を減退させ、結果的に体重と血糖値を大きく下げる画期的な薬ですが、流行りすぎて美容目的で使う人まで出て、製薬会社も供給が追いつかない状況です(笑)
-とはいえ万能薬ではなく、服用をやめればリバウンドしてしまったり、吐き気が起きる、食べる楽しみが無くなるなどの課題もありますよね。
戸田先生:だからもっと自然に体重を減らして、美味しく食べるけど元気で健康な人生を送れるとか… そういうのが将来的に開発できないかなと思っています。
-さらに次世代のアプローチを考えているという戸田先生ですが、普段どのように研究を進めているのでしょう?
戸田先生:僕たちは製薬のもっと前段階の基礎研究なので、例えばマウスを使って、「この神経が働くと食べる」「こちらを刺激すると食べない」といった脳内回路を地道に突き止めています。どの遺伝子が関わって、どんな分子がその神経に作用するのか。まずはそこをはっきりさせないと、新しい薬のアイデアも生まれませんからね!
-こうして得られた知見はまさに次の研究者へバトンパスされ、いつか本当に薬になる日がくるのだと信じて道を築いているのですね。
戸田先生:実際、ある肥満治療薬の開発では、ドイツのとある研究チームがマウス実験ですごく効く物質を見つけて、それを製薬企業が引き取り、安全性試験を経て人に少量投与してみたら効果があった…という流れで薬になった例もあります。
――戸田先生は、基礎の発見から臨床応用までには「何十年というスパン」の長い道のりですが、「僕らの研究もどこかで誰かが続きを発想して薬につながればそれでいいんです」と爽やかに笑います。
「仮想の食べ物を”見る”だけで」VRを活用した研究

そんな戸田研究室のユニークな取り組みの一つが、バーチャルリアリティ(VR)の活用です。ゴーグルを装着して仮想空間で「料理の見た目」を操作することで体の反応を変えられるというのです。
戸田先生:たとえばVRで 食べ物を実物より大きく見せると、その瞬間に脳の一部の神経が働いて「これだけのカロリーが来るぞ、じゃあ先に血糖値を下げて備えよう!」と体が反応するんです
-なんと食べ物を“見る”だけで血糖値が下がるとは!実験では、VRを使うことで食後血糖値の上昇が穏やかになる効果が確認されたそうです。
戸田先生:極端な話、毎日VRで食べ物を見るだけで糖尿病の症状が改善される…なんてことも。もちろん実際の患者さんでそんな簡単にいくかは分からないけどね。では、なんで視覚や咀嚼が代謝に影響するのか、その神経回路の仕組みを明らかにしたいよね!
――こんな風に最先端のテクノロジーや日常の疑問までも研究に取り入れてしまう柔軟さこそ、戸田研究室の面白さなのだと実感します。
「やっぱり自分が面白いと思うことを」研究者・戸田先生の流儀
インタビュー中、戸田先生の発言から何度も感じたキーワードは「面白い」でした。曰く、研究は「お金になるか」ではなく「面白いか」が大事だと戸田先生は話します。
戸田先生:自分が面白いと思える研究をやるのが大事ですよね。人によって何を面白いと感じるかはバラバラだから、全員にウケる研究なんて目指せませんし、お金になるというだけの研究も僕は面白いとは思いません。
-実際、戸田研究室ではどのように研究テーマを決めているのですか。
戸田先生:通常は、僕自身が「これがやりたい!」と思うテーマを掲げ、それに学生たちが取り組んでいます。 ただ、学生自から「こういうのがやってみたい」という提案があって、僕の心が動かされたものは、別のテーマで研究を進めている途中であっても「やってみたら」と促します。結果、それが論文としてまとまったこともありましたね。
――「学生の一言から新しい研究が発生することもありますよ」と先生は嬉しそうです。
-論文といえば、近年は学術分野の多様化・細分化に加え、AIの登場によって以前より論文執筆のハードルが下がったこともあり、論文の投稿数も増えていますが、先生は「論文を発信することの意義」についてどうお考えですか。
戸田先生:昔は有名な大学の著名な教授がレビュー論文を書くことで、研究トレンドなどの流れを作っていたけれど、今は論文のテーマも多種多様になっていますよね。研究者だけでなく、科学に興味のある一般の人など、もう少し広い範囲の人が「面白い」と思える論文を出した方がいいのかもしれないですね。
――学術論文のオープンアクセス化が進んで、インターネットがあれば一般の人でも学術誌が閲覧でき、「こんな研究が進んでるのか」と分かる時代になった今、研究者として発信する意義も「面白さ」が鍵になる、そうおっしゃっているように聞こえました。
論文投稿の裏側とAI時代の研究スタイル
出版や論文投稿の話題では、生成AIの活用についてなど、現役研究者ならではのリアルな裏話も飛び出しました。
戸田先生:最近、論文査読者への返信文を英語で書くときに、学生が試しに生成AIを使って英文を書いてみたんです。それで確認してみたらちゃんと書けていて、殆ど修正がいらないほどでした。こんなにAIが使えるようになるとは思わなかったです。
――「便利なものはどんどん活用していけばいい。別に悪いもんじゃないよ」とAIの活用に前向きです。
戸田先生:翻訳ツールも精度が上がって論文執筆のスピードは上がったし、楽になりましたね。ただ一方で、元論文を読まずにAI任せでコピペしちゃう学生もいるから、こっち(指導者側)は以前より内容をチェックする手間が増えた気がします(笑)
-本質を理解せず機械任せでは 本末転倒ですが、そこは指導の腕の見せ所ですね。
戸田先生:便利さと厳密さのバランスが大事だね
――そして話は、論文掲載料(APC)のことなど現実的な話題にも。「面白い」とはいえ、研究費のお悩みはつきものです。
戸田先生の所属される熊本大学では、大学単位のAPC割引制度を活用し、論文投稿の負担を軽減しています。「より大学に適したプランを選んでいただくことで、論文投稿料のハードルを下げることが可能になるんですよ」なんて、お話もさせていただきました。
「研究は楽しく!」訪問を終えて
インタビューは、時折雑談にも花を咲かせながら、終始なごやかな雰囲気で進みます。
-ところで、最近は、医学部の学生も研究者の道に進みたがらない傾向があるそうですが。
戸田先生:だって研究ってお金にならないし、将来安泰じゃないし…辛くて大変っていうイメージを見せちゃったら人は来ないですよ。だから「好きなことを好きなようにやっていて楽しいだけです、金にはならないけどね(笑)」みたいな姿を見せていかないと。
-やっぱり、楽しむこと、「面白い」ことが大切なんですね。
戸田先生:実験をコツコツ積み重ねるのも大事だけど、やっぱり楽しくやんないと!
――そう何度も強調し、研究者の本音をユーモア混じりに話してくださる戸田先生の姿は、生き生きとしていて、本当に研究を楽しんでいることが伝わってきます。
-最後の質問になりますが、次はどんな研究者を訪問したら「面白い」と思いますか?
戸田先生:僕がVR実験を一緒に手がけた先生は、VR等を駆使した研究をしていてめっちゃオタクな人なんだけど話が面白いよ!
待ってました!と言わんばかりにご紹介いただき、次の取材先のヒントまでゲットした私たちは、戸田研究室を後にしました。

取材を終えて外に出ると、真夏の暑さの中になぜか爽やかな気持ちが湧いてきました。
それはきっと戸田先生の「研究は楽しく!」というモットーに触れたからでしょう。好奇心のおもむくままに最先端の研究に挑み、冗談を交えながらも熱く語る先生の姿に、科学の面白さを改めて教えてもらった気がします。
そして何より、研究者ってやっぱり楽しそうだ!そんなことを実感した訪問となりました。
次回のMDPI研究者訪問もお楽しみに!
文責:MDPI Japan 山本・竹内
